第498話 脅迫指導

 迷宮都市からここまでは遠いが、それでも大量流入した難民によって人手が余っているのも事実である。

 それなら大変な道のりでも、もっと人を雇ってどんどんと物を運んだ方がよかろう。せっかく編成した東方領軍だって、手が空くなら動員も出来る。

 見渡せば、この辺りは森林資源が豊富そうだし、食料に加えて薪も運べれば燃料不足の解決につながる。

 伐採権を買えば、ここの村人を雇って木を切って貰ってもいいし、迷宮都市ではご主人がせっせと名簿づくりに励んでいるのだから、本職の木こりを連れてきてもいい。

 しかも、この村も働き口が出来て栄えるし、荒れかけた途中の街道も息を吹き返す。

 

「いえ、あの……でも」


 しかし、老婆は険しい顔で口ごもる。

 

「この辺りの森はほとんど御領主様の持ち物ですので私たちの一存では……」


 なるほど、それはそうだろう。

 迷宮都市の周辺にもあった御用林というヤツだ。

 主に貴族が狩猟に使ったりするのだと聞く。森の管理者が置かれ、盗伐などは厳しく罰せられる。

 だからこそ、人里近いにもかかわらず豊かな森が残っているのだ。

 だが、この場合に彼女が遠慮しているのは北方領を統べる大貴族などではない。

 もっとずっと下にいていくつかの村を領地として与えられ、運営している小貴族である。


「逃げちゃったなら大丈夫ですよ。もう北方領主府自体が存在しないので、その委任を受けた貴族もなんの権限も持っていないんですから」


 そもそも、小貴族にはこの政変にあたって領土の防衛などが義務づけられていた筈で、それを放置して逃げ出してしまった者が統治権のみを主張してもむなしいだけだ。

 

「せやで、婆ちゃん。それは安心したらええがな。この兄ちゃんは東方領主の使いでもあるんやから」


 ハメッドはヘラヘラと笑いながら老婆に言う。

 僕の立場について彼が知っているのは、人夫たちに口止めもしていないので不思議ではあるまい。

 しかし、この場では老婆に安心して伐採権を売って貰った方がいい。

 住民の代表が納得して、金を払いさえすれば後に誰が出てきてもどうにでも出来るのだ。

 

「材木や薪を伐らせてください。僕たちを助けると思って」


 僕の言葉に老婆は曖昧に頷く。

 横手から言葉を挟んだのは、見たこともない棒状の肉を美味そうに囓るモモックだった。


「アイヤン、そん言い方はダメって。オバチャン、その辺の森を東方領主の名において強制的に買い上げる。嫌も応も関係なか、こいは決定事項。そんで納得のできんとやったら文句のあるヤツ連れてオイんとこに来んやって言わんと」


 短い指を立てて言うと、残りの肉片を口の中に放り込む。


「いや、でもそんなに強引には……」


「強引でよかとって。そうすりゃ少なくともこんオバチャンが他の誰かから責められる理由は無くなるやん。ちゅうかアイヤン、あんたロバから揉めて来いち言われとうちゃけ、適当に火種撒いてまわらんといかんばい」


 前半は確かに、老婆の立場を考えればその通りかもしれないが、後半は違う。


「いや、僕は商人として食料や資材の買い付けに来ただけだから」


「あらそうね。オイはてっきりわかった上でヨソの縄張りば荒らしよるかち思いよったばい。どっちでんよかばって、この辺から与太モンども追い払って我がの庭場にすっちゃろ。結局一緒て」


 そう言われるとぐうの音も出ない。

 僕は確かに商売をしに来たのだけれど、無法地帯の北方領では暴力を振るって立ち塞がる者を排除するのは仕方ない事だと思っていたのも事実である。

 その上で、この辺りから長期に荷を運び続けるには安定が欠かせず、新勢力の流入も許さないつもりではあった。

 ……商売よりも暴力を期待された人選だったのだろうか。

 今更ながら、その可能性を考えて僕は眉をしかめた。

 シアジオの顔を見ると、彼はフイと顔を背ける。

 彼は現在、僕の部下ではあるがそれもロバートから貸し出された人材である。

 ロバートの性格からして、そのような本心の狙いを口にすることはないと思うが、ということはこの二人が薄々気づいていた事に僕だけが気づかなかったということではないか。


「なんや会長さん、アンタ面白いな。ええ役名つけて貰うて勇んでこんなところまで来たら利用されてたんか」


 リリーと呼ばれる女性がケラケラ笑う。

 

「まあ、惨めにうち萎れるクジャクもおるやろ。だいたいが人の為に生きるのが人生やがな」


 彼女が何を言っているのか、さっぱりわからないのだけれど、どうやら慰めてくれたらしい。なんの救いにもならないが。

 すると、今度はハメッドが口を開いた。


「薪はまだ、百歩譲ってええけど丸太を運んであの山超えようちゅうのはあかんぞ。重すぎて登りも辛けりゃ、下りも危ない。人夫連中も逃げ出すわ」


 真面目な表情での警告に、思わず僕はたじろいだ。


「悪いこと言わんから丸太はあの山の向こうで手配しや。それに薪もやな、生木で持って行こうなんて湿気ってる分、無駄やわ。こっちで炭に焼いてから持って行ったらよろしいがな。な、婆ちゃん、村にも炭を焼けるヤツおるやろ。そいつに指導させて炭を大々的に焼いたらいいねん」


 木炭。

 僕にはほとんど縁のない品を提案されてしまった。

 迷宮都市で見たこともあるが、それは燃え滓の中に炭が残ることがあるというくらいだ。家の大小も、業種の有無も関係なく迷宮都市では皆、そんなものだろう。

 強いていうのならせいぜいが鍛治屋くらいでしか利用されていない商品である。当然、流通も生産も薪に比べれば微々たるものだ。

 と、シアジオが僕の耳に顔を寄せて小声で囁いた。


「炭の方が軽くて、同じ重さだと効率がいいのは事実です」


 本来であればジプシーを毛嫌いし、ハメッドの提案など頭からはね除けてもおかしくないシアジオがそう言うのなら間違いないかもしれない。


「うちも生木を持って歩くのはしんどいからよ、煮炊きの燃料はだいたい炭やねん。ええやんけ、あんたらは多少値が張っても薪より有利な物を運べる。この村では炭を焼いて収入が入る。いいこと尽くしで結構なこっちゃ。その上、ワシらもアイデアの提供者として一目置かれ、三方よしやがな。どないだ会長。ワシら便利やろ。今後もええ付き合い頼んますわ」


 ハメッドとリリーの楽しそうな目つきが僕に向けられるのだった。

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