第493話 挨拶

 グェンとアスロを取り囲むジプシーたちも、二人の緊張に合わせるように息を潜め、静寂が訪れた。

 が、グェンがため息とともに戦闘態勢を解いた為、緊張は急速に薄まっていった。


「終わりだな」


 アスロの言葉を繰り返すようにつぶやき、グェンは片手で自らの目を押さえる。

 そのまま深呼吸を繰り返すと、アスロを無視して僕の方に歩いてきた。


「すいません。どうも頭に血が昇りやすくって。ガルダ会長からも治せって言われてたんですけど……」


 申し訳なさそうに言うグェンの背後に一瞬、影が走るのが見えた。

 ハメッドだ。そう思った時には、気配を察知して振り返ったグェンの脇腹に拳が叩き込まれていた。

 ドン、とくぐもった音がしてグェンの膝が落ちる。

 グェンは片膝を着いて、ハメッドを睨みつけたが、力が入らないようで立ち上がる事は出来なかった。

 

「おお、ぶっ倒れると思ったが、タフやのう」


 感心したようにハメッドは言うと、手に握り混んだ石ころを放り捨てる。


「喧嘩は終わったんじゃないですか?」


 グェンを助けねばならない。僕は魔力を練りながらハメッドに問いただした。

 ハメッドは笑いながら周囲を指さして見せる。


「喧嘩は終わりや。けど見てみい。こっちは大勢倒れて、そっちは無傷やろ。貰いすぎたら釣りを出しとかんと、こっちも客商売やから」


 どうも、彼我の被害量を調整したのだと言いたいらしい。


「しかし、これで本当におしまい。兄ちゃんらも、ウチの連中もよく聞けよ。ワシの裁定で喧嘩は終わりや。蒸し返すのはかまわんが、その場合はまずワシを通せよ。せやないと、この兄ちゃん撫でたのとは段違いの、きっついの喰らわすことになんで」


 その言葉の強制力はすさまじく、ジプシーたちは毒気が抜かれた様に淡々とけが人を助け起こし、散っていった。

 

「なんやねん、オドレの裁定って。ワシの裁定やないかい。ええとこばっか取りやがって」


 残されたユゴールは渋い顔をしてハメッドに文句を飛ばした。

 

「ドッチでもええやないか。嫌われ役を買って出たワシをまず褒めんかい!」


 ムッとしたハメッドも勢いよく言い返す。

 グェンは部下二人から抱えられ立ち上がり、荷馬車に寄りかかった。

 肋骨が折れているのか、わずかに動くだけで表情が歪んでいる。


「わっと……!」


 ルドミラと呼ばれた少女も慌てて席を譲った。

 

「ほんま、しょうもない。一銭にもならん喧嘩しくさって」


 ユゴールが渋い顔で顎髭を掻いた。

 

「おいジャリ、おどれらも相手見て喧嘩せえよ。ワシが来んかったらエラいことなってたぞ」


 怪人の言うジャリ、とはおそらく僕のことなのだろう。

 喧嘩を売ったのがこちらなので、言い返せずに僕は曖昧に頷いた。


「まぁええわい。鼻血くらいで済んだ喧嘩や。忙しいから水に流したろ。ワシらこれからやってくる隊商相手に商売せなあかんねん。だからそこにおられると邪魔やねん。あと、死体積んだ荷車ってのも縁起悪いしな。はよ消えてくれよ」


 諦めたようにため息を吐いて、ユゴールは僕たちにそう告げた。

 確かに荷車の積み荷は人間で、生きているものの頭に布袋を被せてあるわ、動けないように縛っているわ、衣服や布袋に血がついたままになっているわで死体に見えなくもない。


「なんや、ガルダ商会やらいうらしくて、大規模な食料買い付けに来てるらしいわ」


 ガルダ商会という彼らの待ち人に関しては僕にも心当たりがあった。

 僕の方で彼らに用はないのだけれど。


 ※


「なんですねん、会長。黙ってるなんて人が悪いですやん!」


 怪人ユゴールは先ほどまでの不機嫌な表情が嘘のように喜色満面で僕に笑いかける。


「いやね、腕利きの色男たち連れてはるし、ただ者やないなあとは思ってましたんで!」


 場所は農村にある唯一の食堂で、薄暗い店内に僕と、向かいにはユゴールが座っている。

 少し離れてハメッドと、僕が回復魔法で怪我を治したグェンがいる。

 他の二人の用心棒は店の前に立って店内を窺っていた。

 誤解を解きたいという彼の申し出を僕は断ったのだけど、半ば無理矢理連れて来られてしまったのだ。

 

「とりあえずこれ。お近づきの印にどうぞ」


 そう言って彼は取り出した酒瓶を机の上に置いた。


「さっき、アスロっちゅう小僧がおったでしょ。アイツのおった国の酒なんやけど、ピラトリエス公国いうんですけども、そこの名産の火酒ですわ」


 僕はその国がどこにあって、目の前の酒にどんな価値があるのか知らない。

 しかし、酒というだけで僕にはいやなイメージしか沸かない。


「まま、こんなんやったらまだ一箱くらいお土産に渡しますんで、ほら一杯どうぞ」


 ユゴールはそう言うと厳かに封のしてある酒を開け、店員に持ってこさせたカップに注いだ。

 それだけで強烈な匂いが立ち上る。

 

「ほら、会長。まずはグイッと」


「いえ、結構です」


 僕は苦笑して断った。

 

「ていうか、オッサン。その上等な酒、俺たちにも一杯くらいくれや。のう、色男」


 いつの間にか、自分も店員に持ってこさせたカップを掲げ、ハメッドはグェンに同意を求めた。しかし、グェンはムスッとして口を開かなかった。

 

「なんや、ちょっと腹を小突かれたぐらいで怒んなよ。お嬢様かよ」

 

 ハメッドはケラケラ笑うとユゴールから酒瓶を取り上げ自分の分とグェンのカップに注いだ。

 ユゴールはその様を顔をしかめて見ていたが、再び笑顔を浮かべ、僕を見た。


「それで、私ら今回は会長の隊商に同行していろいろお世話させていただこうと思っとります。娯楽でも菓子でもなんでも提供しまっせ」


 横を見るとグェンが首を振っている。


「あの、お断りさせていただきます。他をあたってください」


 僕ははっきりと断るのだけど、ユゴールの笑顔はかけらも崩れることが無かった。

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