第486話 レンジャー
コルネリの眼と、グェンの嗅覚は住民の証言とその他の状況から盗賊のねぐらをあっさりと特定した。
とはいえ、それはまだ雪がチラホラと残った高山落葉樹林帯の中で、たどり着くまでに半日を要している。
「十人かそこらだと思うんですけどね」
グェンは持ってきた弓に弦を張りながら言った。
彼の戦闘装束は軽装戦士のそれである。しかし、主とする得物は弓であり、指が楽しそうに矢束を叩いている。
グロリアも背中に担いだ長剣を引き抜いて戦闘態勢を取った。
こちらも旅装のままなので軽装の戦士として計算すれば大きな間違いはあるまい。
「私の背中を撃たないようお願いします」
グロリアは軽く祈りをささげるとそれだけ言った。
「いいんだよ、宣教師さん。気が載らないのならここに居てもらって。別にあれくらいなら俺一人でも構いやしない」
グェンは矢束の結束を解いて矢筒に収めると、その中から三本を改めて引き抜く。
グェンはガルダの率いる商会にあって用心棒の中にいた。用心棒頭は抜け目のない盗賊のクォンという男だったが、ガルダの評価でいえばグェンも劣るものではなかった。
しかし、純粋な戦闘力では強者居並ぶガルダ商会の用心棒連中で一、二に入るほどではなかったらしく、ガルダとカルコーマがナフロイ隊に敗れた時も同行をせずに生き延びたのだ。
彼は戦士に準じる戦闘力の高さを持っているが、ガルダは彼に特別な教育を与えたようで、戦闘以外にも索敵、探索、追跡などの斥候的任務器用にこなす。そのうえ、罠の解除技能なんかも本職の盗賊に近い水準で獲得しているのだ。
とはいえ、戦闘能力なら同程度順応を進めた純粋な戦士に、器用さなら純粋な盗賊に劣るとも言えてしまう。
それでは本当に突き詰めた上級冒険者の中には入りづらく、純粋な冒険者よりもむしろ、地上のこういった行動にこそ真価を発揮する男だといえるだろう。
「そちらの魔法使いさんも、間違えて私を攻撃しないように。万が一、私に攻撃が飛んで来たらそれは真意にかかわらず、悪意によって放たれたものと判断させていただきます」
グロリアは淡々と言って僕を見つめた。
いつか、出合頭に僕の喉を掻き切ろうとした時も、難民に毛布を配るときも同じ目をしていた。
もし、悪意に触れれば躊躇無く戦う用意があるのだろう。
たとえ救いの手を伸ばした先にいる相手でも。
ともかく、作戦は始まった。
盗賊のネグラと思われるのは岩壁に穿たれた小さな洞穴である。
その前にはいくつか煮炊きの後が残っており生活感を感じさせた。
しかし、天然の洞穴なら奥行きも知れたものだ。
洞穴の入り口に向けて先頭にグロリア、やや後れてグェンが続く。
純粋とは言い難いが戦士の二人に対して近接戦が著しく劣る僕は当然、最後尾である。
戦闘の開幕は洞窟に矢を打ち込んだグェンの攻撃と、被害者の悲鳴で告げられた。
手挟まれた三本の矢は一息に放たれ、グェンの右手は撫でるように新たな三本の矢を手に取る。
間断無く飛ばされる矢の横を駆け抜け、グロリアが洞窟に突入した。
ドタバタと音がし、彼らの少し後ろを歩く僕が洞穴に立ち入る前に戦闘は終了してしまった。
洞穴の奥行きはやはり狭く、木箱や板で多少仕切られているが入り口から突き当たりまで見通せる。
その間に、矢に貫かれて倒れている者とバッサリ切り裂かれた者が転がっていた。
全部で十五名程か。
「チッ、荒い仕事だ」
グェンは舌打ちをすると嫌そうな目で斬られた死体を蹴る。
「なにか問題がありますか? 私は打ち漏らしをしていないつもりですが」
グロリアが斬った者は皆、絶命しているがグェンが射た者は一様に二本ずつ矢を受けて、それでも生きていた。
その一人、矢に倒れた男の胸板をグロリアの剣が貫く。
「あ、バカ。俺は殺さないように矢を射たんだよ。むやみに殺すなよ!」
グェンの言うとおり、矢は急所を避けるよう盗賊たちの肩や足、わき腹を貫いていた。
「ではお教えしますが、次からは私のように胸か、あるいはここを狙いなさい」
グロリアの剣が矢に倒れた盗賊の額を貫く。盗賊はビクビクと痙攣して動かなくなる。
「分かってねぇな。殺すな、って言ってるんだよ!」
グェンは苛立たしげに声をあげた。
「分かっていないのは貴方です。手負いの盗賊に何を期待しているのか知りませんが、きっちりとどめを刺さなければ大きな報いを受ける事になるでしょう」
グロリアの目つきは冷たく、まだ年若い盗賊を見ていた。
「未開の地を行く宣教師にとって、もっとも危険なのはこの様な盗賊どもです。私は悪に惑わされた者、偶発的に悪行を行った者も救われるべきと思いますが、しかし盗賊を生きる術とする者はもはや悪そのものとしか捉えられません」
言うが早いか、若い盗賊の首は飛んだ。
同時にグェンの目つきも一層細くなる。
「だからそれを止めろって言ってんだよ!」
グェスの手が矢筒へと延びた。
「グロリアさん。待ってください!」
意見の折り合わない二人がこの場で殺し合いなど始めても困るのだ。
僕は慌てて間に立つのだった。
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