第487話 譲歩

 矢を三本も手挟んだ男と、抜き身の剣を持った女。

 しかも両方が戦闘態勢を堅持しているその真ん中に立つのはできれば御免被りたい。

 だけど北方領に立ち入った最初の一歩目で案内人と有能な用心棒のどちらかを失うのは避けたかった。

 グェンはさすがに、僕へ矢を向けるのを躊躇うのだろう。矢の向く先を地面に下げる。

 しかし、グロリアはそんな思考も一切無いようで剣を僕に、あるいは僕を通してグェンに向けていた。

 

「グロリアさん、盗賊を殺すのは咎めたりしません。でも、僕や仲間にそんな目で、剣を向けるのは止めてください」


 油断なくグロリアを見据え、そう告げた。

 ついでグェンに手で武器を納める様に指示する。

 

「どうせ、大した話は聞けないよ。それよりグェン、ここにある資材を調べてくれるかな?」


 一瞬、動きを止めたグェンはしかし、すぐに理解してくれたようで矢を矢筒に戻した。

 

「まぁ、そうっすね。確かにそこまで拘泥する程、大事なことはないですね」


 大きく息を吐いて弓を腕に通すと、グェンは死体から使えそうな矢を引き抜いて回収し始めた。

 

「それじゃ、そういうことでグロリアさん、どうぞ。ただし、グェンが使う様ですので、矢は切らないでいただけると……」


 言い終わるよりも早く、剣は生存者の命を手際よく刈り取っていき、最後の盗賊は額を割られ絶命した。

 彼らの、突然の死に驚いているような表情だけは目に付いた。


「これでよろしいですね。魔法使いさん」


 盗賊に矢が刺さっていたのは手や足なので、確かに矢は傷ついていない。

 グロリアは落ちていた布切れで剣身を拭うとそのまま鞘に納めた。

 とても好意的とは言い難い視線ではあるものの、今すぐ敵対する気はないらしいグロリアに、僕は胸をなで下ろす。

 

「ええ、結構です。後はここにある荷物を村から取りに来て貰わねばならないので、品物をまとめましょう。役得で、現金があればそれはこちらで貰うことにしましょう。グロリアさんも、探さないと早いもの勝ちですよ」


 僕が言うまでもなく、グェンは価値のありそうな物を探して竈の灰まで掻き出している。

 

「会長、ダメだね。渋いですよ。金目の物はほとんどねえや」


 グェンの声に、グロリアが顔をしかめる。

 しかし、なにも言わず彼女は洞窟から出て行ってしまった。

 果たして死体漁りが癇に触ったものか、獲得した金銭の横領が気にくわないのか。

 それでも、僕は『荒野の家教会』がこれまでどれほど傲慢に、冷酷に腕を振るってきたのかを知っている。

 彼女たちが殺し、奪ってきたものに比べれば僕たちなんか話にもならない。

 グェンはグロリアが洞窟から出て行ったのを見計らい、木箱に腰を下ろした。


「会長、アイツはなんですか。いや、アンタを責めたい訳じゃないんですがね」


 忌々し気な目つきが洞窟の出口に向けられる。


「だが、確かに辺境の小集団だ。金もなきゃ、大した食料もない。盗んでいったヤギを潰して食った骨が転がっているが、その程度の食い詰め者どもだ。尋問したって大した話は聞けやしないし、その為にあのイカレタ目つきのお嬢さんと揉める必要はない。その点で会長の判断も間違ってない。俺はそう思いますよ」


 言いながら、グェンの口調は不満そうである。

 

「だけどね、これは新参の部下から最初の諫言として聞いてくださいよ。俺と、アンタと、あの女しかいないここではその行動は正解だが、状況が違えば間違いだったかもしれない」


 同じ行動でも正解の時と不正解のときがある。それは僕だって知っている。


「俺はこだわりが強い方じゃない。本質的には会長と同類だともいえる。が、今回の道中は用心棒連中のまとめ役を任されているわけだ。そうなると万事適当、日和見主義でいるわけにはいけませんやね。後ろに誰かがいるのなら、俺は前に出る。そうしねぇと飯を喰っていけないんだよ。たとえ殺し合いになっても。その原因がクソほどもつまらないことだとしてもだ」


 グェンの手はワシワシと自分の頭を掻く。

 彼らの意見調整も僕の役割ということだし、責任もあるのだと言いたいのだろう。

 僕だって立場や仲間の手前、退けずに命がけの戦いに巻き込まれたことだって何度もある。


「わかった、気をつけるよ。ありがとう」


 僕は彼にお礼を言う。

 あえて腹のうちを説明してくれたのは、不要なもめ事を避けるためと、僕に間違えさせない為だ。その心遣いは素直に嬉しかった。


「いえ。でも多分、あの女はそんな事お構いなしにいつだって自分の道をすすむ奴です。会長がアイツを外せないなら、その辺は気を使ってください。多分、それでもどっかで揉めることになるとは思いますけどね」


 言い終わると、グェンは立ち上がって弓の弦を外す。

 既に表情は普段のそれに置き換わっていた。


「そんなわけで、宿場に戻りましょうか。ここから先、悩むのは会長の仕事っすよ」


 なるほど、彼の言うとおりである。

 僕たちはそもそも盗賊と交渉しに来たのではないか。

 盗賊を許せないグロリアを帯同させてこれを行うのは不可能なのではないのだろうか。

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