第479話 割り前

 迷宮から出る直前、偽玉竜はあっさりと霧消した。

 オルオンに言わせれば「仕方がない」のだそうで、そこにためらいは見られなかった。

 なんとなく剽軽な振る舞いを見せていた偽玉竜には雰囲気を和まされていたので、慌てた様に消えていくその様に胸が痛んだ。

 しかし、僕だって召喚も使役も使う。必要な時だけゼタを呼び出す僕とオルオンにどんな差があるかもわかりはしない。

 もやもやと考えながら迷宮から出るのだけど、一生使役されることとなったグランビルよりは少なくとも恵まれているのでよしとする。せいぜいがその程度の落としどころで納得するしかなかった。

 

「それじゃあ、僕は領主府に行って顛末の報告をしてきますけど誰かついてきますか?」


 時間帯的には夕方なのでロバートも領主府にいるだろう。

 

「いや、いいよ。私は帰る。御頭に任せる。近づいたら迷惑な奴に近づく趣味もないし」


 名ばかり御頭とでも言おうか、責任ばかりあって利点は少ない立場の僕に複雑な視線を向けているのはグランビルばかりだ。

 カロンロッサたちも納得をしているのだから僕の指示に反対はしないのだろうけど積極的な協力が得られるとも考えづらい。

 勝利の凱旋をしたばかりだというのに、これから先を考えると不安な気持ちが大きくなっていく。

 

「待て、カロンロッサ」


 さっさと踵を返したカロンロッサの背中にオルオンが声を掛けた。


「死者の財産は後日、分割協議を行おう。早い者勝ちは無しだぞ」


 その言葉にカロンロッサは顔をしかめて振り返る。どうやら図星を指された様だ。

 教授騎士の財産といえばそもそも大きいが、現金の他にも土地建物や宝飾品も含まれている。さらにいえば秘蔵の武具や道具があり、現金で換算するにせよ利便性で換算するにせよ等分の交渉の前にめぼしい物を抑えてしまうというのは非常に有効な手段であろう。


「ふん、わかってるよ。明日にでもキチンと四等分の協議をしましょうね」


「わかってないな。五等分だよ」


 オルオンの言葉に素っ頓狂な声を挙げたのはディドだった。

 

「え、俺とカロンロッサ、アンタに御頭で四人だろ?」


「それにグランビルで五名だよ」


 ああ。

 僕にもようやくオルオンの発言の意味が理解できた。

 

「ちょっと、グランビルは……」


 カロンロッサも言い掛けて苦笑を浮かべる。

 オルオンが言うことは間違っていないのだ。

 

「ん、どういうことだ?」


 グランビルがディドと同じ表情で首をひねっていた。

 僕たちの約束は『遺産を生存者に贈与』するものだったのだ。勢いこそ財産を賭けた勝負の様であったがそこに勝者、敗者の文言は含まれていない。

 勝敗ではなく生死のみが財産分割の要件だったのだから生存しているグランビルにも勝利者側と同等の権利が発生し、そうしてそれはつまり。


「やられたわ。四分の一よりも五分の二の方が大きいものね」


 グランビルの物になるということはオルオンの物になるのと同意なのだ。

 さらにいえば取り分の対象から一番大きなグランビルの財産が除かれるという事でもあり、配当の原資そのものが激減する。

 カロンロッサは額に手を当てて深い息を吐いた。

 

「まあ、いいわ。さすが学者先生には計算じゃ敵わないね。ほらディド、帰るよ」


 捨て台詞を吐くと、カロンロッサは未だによく話を飲み込めていないディドを連れて帰って行った。

 オルオンに出し抜かれたのは僕も彼女たちと同じだが、そもそも財産自体が今回の場合は余録でしかない。

 僕としてはロバートに命じられた通り、教授騎士の纏め役に就任することが出来たのだ。


「我々も帰ろうか、グランビル」


 オルオンもグランビルを連れて去っていく。

 下手に発言し、気持ち悪くなるのが怖いのかグランビルはほとんど黙ったきりだった。

 皆の後ろ姿が見えなくなって、僕は組合詰め所前の椅子に腰を下ろす。

 なんとなく、張りつめていたものが抜けてしまった気がしたのだ。肉体的な疲労はそれほどでもないが、手の指までが重く感じる。

 なんだかんだと教授騎士が六人も死に半減してしまった。滑り出しは最悪だと言えるだろう。

 反発は招きながらも直接的な衝突を避け、上手に取りまとめていたブラントの手管を今更ながら思い知る。

 今回の迷宮行も疲れたが、刺激的ではあった。言い換えれば楽しくもあった。しかし迷宮から出た以上、地上での行動は立場が付きまとう。

 行動も立場に見合う様にせよ、とはかつてブラントに言われた事だ。

 日の傾き具合を見ればそろそろ出発しなければ夜間に領主府を訪ねることとなり、それは不躾な行為となる。

 しかし、そうやって気を使ったとて得られるのは一体なんだ。

 なによりわざわざと疲れた体を引き摺ってまで、僕は頑張ってロバートに面会しようとしているではないか。これはタチの悪い冗談のような気もする。

 などとぼんやり考えている内に日は沈み、いつの間にか月が昇っていた。

 もはや第三者から不作法をなじられるのは回避できない時間帯である。

 さっき出てきたばかりだというのに、迷宮内の単純さがもう恋しくなる。

 こういうのも成れ果ての前段なのだろうか。

 どうしようもない倦怠感に苛まれながら、僕は月を見つめ続けるのだった。

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