第478話 一連
グランビルの顔に近づけられた指から小さな蛇は剥がれた。
兜に開けられた視界用の穴から進入していく。
スルスルと入り込んでいった蛇が見えなくなり、しばらくすると熱湯で意識もない筈のグランビルの体が大きく動いた。
「アンタ、奥の手にとっておき。他にもまだ何か隠してるんじゃない?」
カロンロッサがオルオンの背中に向けて軽口を叩く。
「さて、なんのことだろうね。後は裏技に最後の手段くらいはあったかな。皆、似たようなものだろ。そんなことより首領殿、彼女の怪我を治してやってはくれないかい。痛々しいだろ」
「……いや、それはいいんですけど。大丈夫ですか?」
せっかくここまで追い込んだのだから、殺せるのなら殺しておいた方がいいのではないか。今回は幸運だったし、彼女の迂闊さも大きな要素になった。
次回も同じように足を掬わせてくれるかはわからない。
「多分ね。さっきの小さいのは俺が創った寄生生物だ。脳味噌に住み着いて宿主の感情をコントロールする。あんまり人に試したことはないが、犬が相手なら成功率は九割。猿なら六割が上手くいっている」
「なに、四割も失敗してるじゃない」
カロンロッサは猿と人間の差を深く考える気はなさそうだ。
「大丈夫、大丈夫。失敗したときは宿主が死ぬだけだから」
あっけらかんと言うオルオンと問答をするのも空しい気がして僕は魔力を練った。
なんせ、偽玉竜といい彼が今回の勝利に貢献したことは間違いないのだ。
そういや偽玉竜はどうしたと見回せば、普通に立っていて短い前脚で一生懸命に後頭部を掻こうとしていた。
攻撃が苦手というか、全体のバランスが妙なのがその原因なのではあるまいか。
『傷よ癒えろ』
魔法が発動してグランビルの全身に広がる重度の火傷を治癒していく。
他にも毒やらなにやら喰らっていたが、とりあえず外傷だけはある程度うまく治ったようだった。
「ううう……」
眼球も白い加熱部分が透明感を取り戻し、視力を取り戻したらしい。
グランビルは自らの分厚い小手を見つめていた。
「グランビル、兜を外しなさい」
オルオンが正面に腰を下ろして優しく語りかけた。
それは戦士の本能とでもいうのか、右手は素早く鎧の脇に延びる。
しかし、次の瞬間には鎧の中に隠した小さな刃物を握ったままうずくまり嘔吐をしたのだった。
「ふむ、効果は出ているね。グランビル、そのまま聞きなさい。君の頭の中には私の創った生物がいる。なに、悪いことはしない。ただ、私の言うことに従う場合にささやかな快感を、私への敵意を持ったときに耐え難い不快感を与えるだけだ。もちろん、俺はそんなもので君を下劣に扱おうとはしない。全面的に君を尊重することをこの場で約束しよう。代わりに、君が既に敗北をしたことだけは受け入れて欲しい。今後は力を……合わせるんだっけ?」
オルオンは顔を上げてディドを見た。
一番グランビルに腹を立てていたディドからも既に怒りは去ったようでフイ、と視線を逸らす。
同時に、反抗心を抱いたのかグランビルが再び嘔吐した。
「グランビル、そのまま待ちなさい。そうすれば気分が良くなる」
立ち上がり、オルオンは僕の方へ歩み寄ると小声で囁いた。
「大丈夫そうだ。帰りはアイツを前衛に立たせよう」
場違いに笑みを浮かべるオルオンに僕はうすら寒いものを感じた。
「本当に大丈夫ですか。なんだか強引に暴れられると……」
「本当に大丈夫かどうかはわからんよ。どんな事にだって例外は常にある。しかし今まで俺が試した人間は皆、割と短期間で従順になった。それだけ快不快というものは人間にとって重要なのだろう。見てみなさい。グランビルはああしてうずくまったままだが、俺の命令に従って快感を貪っているのさ」
あまり人には試していないと言うが、それがどれくらいの数なのだろうか。
それに彼の説明がどれほど真実に近いものなのかも判別を付けかねる。頭の中の生物がどうやって状況を判断するのかも謎だ。
しかし、少なくとも現在の僕に害はあるまい。
「じゃあ、僕たちの勝利ということで帰りましょうか」
一応、彼らを束ねるものとして僕は号令を発するのだった。
※
「俺の頭にも入っているんだよ。そういや」
二階分の階段を上がった頃に、オルオンはポツリを呟いた。
パーティはゼタを引っ込め、代わりに疲れた表情のグランビルと対照的に妙に楽しそうな偽玉竜が前衛を勤めている。もちろん、その中央には斧を携えた狼男のディドが立つのだが、まだ足の件を気にしているようだった。
その背後でオルオンは気楽そうに話し始めたのだ。
「正確にいえばグランビルの頭に入った子体の本体だがね」
「うわ、気持ち悪い」
カロンロッサが躊躇なく顔をしかめる。
「そう言うなよ、便利なんだぞ。恐怖や苦痛を大幅に抑えてくれるし、それでいて思考は鈍らない。暑さや寒さも耐えられる程度には緩和し、それでいて暑いのか寒いのかはキチンとわかる。しかし、脳を支配されているんだからもはや俺が本体か脳の中のコイツが本体かわからんね。……もちろん冗談だよ」
全く笑えない軽口を叩きオルオンはクスクスと笑った。
その様は不気味だけど、少なくとも幸福ではあるのかもしれない。
「アンタが死んだら真っ先に頭を燃やすことにするわ」
カロンロッサは心底不快そうにオルオンの顔を見つめる。
「心配しなくても俺の生命が停止すると同時に脳内のコイツも死ぬよ。自分じゃ栄養をとる術もないんだ。その時は連動してる子体の方も多分、宿主ごと死ぬがね」
解放の手がかりの為に耳を澄ませていたのだろう。
グランビルが慌てて振り返るのだった。
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