番外編 見習いたち
「ねえゼタ、あの子面白いんだよ」
同期生のワデットが私に話しかけた。
時間帯は昼休みで、ほとんどの学生はそれぞれ食事を摂りに出ているので教室はがらんとしている。
ワデットと私は魔法使い育成機関の同期生であって、出会ってからそんなに時間が経っているわけでもないのだけど、極端に女性が少ない冒険者養成所での事もあって、私たちはいつも一緒にいた。
それで彼女がなにについて話しているかというと、別の同期生の男の子である。
先ほどの授業ではついに魔法を実際に使う実習があって、私たちはようやく一番初歩の魔法を発動したのだった。
その時に私たちは班が分かれ、ワデットは華奢な男の子とペアになった。
私は大柄で筋肉質な中年男性とペアになったのだけど、このおじさんは怪力が自慢らしくて割と本気で、なぜ魔法使いを目指すのかが不思議だった。
そう、私たちは魔法使いの研修生なのだ。
大勢の冒険者予備群が戦士を目指す中、それに適性が欠けた者が仕方なく魔法使いの職に就く。
私も、ワデットも例の少年もご多分に漏れず非力そうだ。
にもかかわらず私とペアになったおじさんは……。
いや、それはどうでもいいんだった。
誰がどういう目的で魔法使いになってもいい。重要なのは自分の事だ。
私たちが志望する魔法使いという職種は他の職能に比べて圧倒的に死亡率が高い。
それでも死なずに経験を積み重ねて『賢者』ウルエリほど強くなれれば大金持ちになれる目もあるのだけど、そうなれるのは大勢いる魔法使いの中でもほんの数人だ。
とりあえずどうにか生き延びて、イシャールをやっつけて冒険者から兵士に取り立てて貰う。そうすれば安定した生活が送れる。
私なんかはそれだけが目的だったりする。
だから、授業をしっかり聞いて一生懸命練習して、少しでも生存率をあげて迷宮に挑まないといけない。
にもかかわらず、ワデットはヘラヘラと男の話をしている。
「あんたねえ、それどころじゃないでしょ。実習はどうだったのさ」
知り合ったばかりだけど私は同い年の彼女に、少なからず親愛の情を抱いている。
出来るだけ彼女には死んで欲しくなかった。
「魔法は一回だけ使えたよ」
屈託なく笑う彼女にため息が出る。
私たち魔法使いは最初、火の玉を打ち出す魔法しか使えない。そしてそれ以外では戦闘に貢献できない。
その為、これを一回だけ使えるか初めから二回まで使用出来るかは初期の生存率を大きく左右するのだという。
だから実習の時間には皆、一生懸命練習して二回目の火の玉をひねり出そうともがいていた。
私だってそうだ。
……そりゃあ、他の大多数と同じように結局一回しか使えなかったのだけど、それでも二回使えた人にコツを聞いたりしてがんばった。
にもかかわらず、ワデットはペアの男の子と座り込んで隅っこで雑談に興じていたのだ。
「あんたねえ、冒険者になったらすぐに命がけの日々が始まるのよ。そういう男の子との話とかは余裕が出来るまで止めときな」
私の心からの忠告にしかし、ワデットは首を振った。
「今話したいことは今話すの。冒険者になったらそのうち、とか明日はないかもしれないじゃない」
その論法はつまり、死を受け入れている事を意味する。
私はごめんだ。
絶対に死なない。
仕方なく冒険者なんかになるのだ。これ以上の理不尽を許容するものか。
「とにかく、授業は真面目に受けてよね。死にたいわけじゃないんでしょ」
私は彼女に釘を刺す。
冒険者といえば自由の代名詞となっているけど、同時に高い死亡率も喧伝している。少なくとも友人にそれを体現して欲しくなかった。
ワデットには私の思いが通じたらしく、唇をとがらせながら「はぁい」と頷いた。
溌剌とした彼女を萎れさせてしまった罪悪感が胸の内に沸く。
私は再度ため息をつく。
「それで、その彼はなにが面白かったの?」
「名前がアなんだって」
予想外の返答に私は思わず噴き出してしまった。
*
ワデットは農家の出だ。
彼女の父親が一年分の小麦を担保に金を借り、彼女を冒険者にさせようとしているらしい。
それは奴隷に投資する資本家と本質的には一緒なのだけど、少なくとも彼女は実家にいる家族を愛している。
家族のためなら死の危険が敷き詰められたような迷宮を歩くことに躊躇いはないらしい。
私は違う。
元々、職工の娘だった私は父親から女衒に売られたのだ。
そうしてこの都市の娼館で二年も働いた。
幸い、血の気が多く精力旺盛な冒険者が屯するこの都市で客は切れることもなく、いろんな噂話も聞いたし、多少のへそくりも出来た。
それである日、私は冒険者組合に駆け込んで、手早く登録手続きを済ませ、授業料を払い込んだ。
その場で私は冒険者見習いになった。
この都市には冒険者特例という決まりが存在し、私はそれによって娼館を仕切る悪党から束縛されるのを逃れた。
『にやけ面』のエランジェスという男はとても恐ろしく、執念深いのだけど正面切って領主府と揉める気はないらしく、私からはあっさりと手を引いた。
その代わり、私の身請け代金についてはきっちりと請求する旨の通達を受けているので、早めに支払わなければいけない。
とにかく、私は私のために冒険者になったのだ。
そして、この道を違えたときに私は殺されるだろう。
私は死にたくないから、危険な迷宮を目指す。
矛盾なんて知ったことか!
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