第475話 オオカミオトコ

「さて、これからどうするかだな」


 いつの間にか近づいてきていたのか、オルオンが腕を組んで言った。


「オルオンさん……」

 

「グランビルに止めを刺してしまう方がいいのか、もう少し泳がせるか。俺の魔法で植え付けた毒は治りづらいが、それでもあれだけの戦士なら酸のダメージは時間経過で回復するかもしれん。いづれにせよ前衛が一人しか残っていないというのがいただけないがね」


「……あの、オルオンさん。なんで生きているんですか?」


 確かにオルオンは胸を貫かれた筈だった。にも関わらず当たり前に動いている。

 僕の問いにオルオンは苦み走った表情を浮かべると、胸をはだけた。

 彼の洒落たシャツの中央部には大きな穴が開いているものの、その下部にある皮膚には怪我らしい怪我を見て取れない。

 

「俺の秘技に物理攻撃を仲間に転化できる呪術がある。それのおかげだ」


 オルオンはそう言うと懐から小瓶を一つ取り出した。

 中には赤黒い液体が入っている。

 

「そうして実際に攻撃を受けたのがこれ、俺の体から作った写し身だ。小さな人造生命体。俺の一部で俺そのもの。数年間肌身離さずに面倒を見てきた我が子にして我が盾だ。先ほどの攻撃でバラバラになったがね。ちなみに俺はこれを『枝』と呼んでいた」


 なるほど、確かに枝を幹から切り離せば元の木と同じ性質を持ちながら別の生命として根を生やすだろう。

 

「何度試みてもついに一度しか成功しなかった奇跡の子だ。言葉を教えたり、飯を一緒に食ったり可愛がってきたんだがね」


 オルオンは下唇を噛み、やや辛そうな表情で小瓶を睨む。

 しかし、次の瞬間にはそれを背後に投げ捨てていつもの飄々とした表情で僕たちに向き直っていた。


「それでどうする?」


 オルオンの向こうでは割れた瓶から二つに裂けた小人が覗いている。

 人狼のディドがそれを嫌そうな顔で見つめており、カロンロッサは無視していた。僕も、あまり見つめてはダメな気がして積極的に目をそらす。

 

「グランビルは苦しんでも多分、死なない」


 カロンロッサが呟く様に言った。

 確かにグランビルが苦しむ様は容易に想像できても倒れるところは想像がつかない。

 

「だが、弱っているんだろう。地上に戻ればそれも帳消しになる。つまりは倒すなら今だ」


 ディドが手斧をもてあそびながら鋭く虚空を睨む。

 しかし、足が壁に呑まれているためその様は非常に間抜けであった。


「いいから、アンタはさっさと足を切りな」


「バカ、自分で足を切るって覚悟がいるんだぞ!」


 情けないことを堂々と怒鳴るディドにオルオンが手を差し出した。


「なんだ、てっきり好きで足を壁に刺してると思っていた。どれ、貸しなさい。俺が切ってやろう」


 ディドは怪訝な表情を浮かべながら「頼む」と言って斧を手渡す。


「一発でやってくれよ。できるだけ……」


 言葉の途中でオルオンはディドの左ふくらはぎに斧を振り下ろす。


「うわ、こりゃ硬いな。毛なんかまるで針だよ」


 言葉の通り、斧の刃はふくらはぎの四分の一も達していなかった。

 声を殺して激痛を耐えたディドは猛獣の様な目つきでオルオンを睨みつけると威嚇するように長い舌を出す。


「……やるならやるって言ってくれよ。それで、なんで寄りによって太いところを切ろうとすんだよ!」


「ああ、その通りだった。すまんね」


 オルオンはなんの躊躇いもなくふくらはぎの下、足が細くなっている箇所に斧を振り下ろす。

 比較的肉の薄い箇所だが、毛と骨に阻まれてやはり切断には至らない。


「うむ、やはり慣れないことは上手くいかないものだ」


 笑いながらオルオンは何度も斧を振り下ろした。

 しかし斧の落とされる場所が一定せず、いたずらにディドが苦しむばかりである。

 

「ねぇ先生、アンタわざとやってない?」


 カロンロッサが額を押さえながらため息とともにこぼす。


「ん、まさか。とても硬いんだ。こういう時、彼の様な前衛と我々の様な後衛の違いを実感するね。さて、グランビルと戦うにはまさしく前衛が足りないのが痛い。どうする?」


 オルオンはディドに刺さった斧から手を離すと、真面目な表情を浮かべてこちらに振り返った。

 ディドは当然、前衛だとして残り二人は誰が前に出るのかという議題だ。


「一番痛いのは俺だ!」


 頭を掻きむしりながらディドが喚く。

 カロンロッサが半端に刺さったままの手斧を引き抜き、ディドの鼻先に突き付けた。


「ほら、最初から自分でやってりゃよかったでしょ。それとも次は私が切ってみようか?」


 さすがに懲りたのか、手斧をひったくるように奪ったディドは勢いのまま自らの足を二本とも切り離した。

 壁から離れたディドに向かい、僕は回復魔法を掛ける。

 欠損した足がそれに伴って回復するのだが、不思議なことにその足は人間のものであった。

 

「あ、なんだこりゃ?」


 ディドは服の中から白い杭を取りだし、自らの腕に突き刺した。

 オルオンの見立てが正しければ吸血鬼の牙だろう。よく見るとそれは、内包する魔力をディドに注ぎ込んで粉々に砕けていた。

 するとどう反応したものか、ディドの体から毛が抜け落ち、骨格が変わり人狼から人間に戻っていく。

 

「うわ!」


 ディドが情けない声を上げながら視線を地面に落としている。

 その視線は自らの足に向けられており、そちらは足以外の部分とは逆に狼の足に変貌していたのだった。


「これ、治るのか?」


 不安そうな表情でこちらを見るのだけど、僕に聞かれても困る。

 彼の人狼化の秘儀などこちらは全く知らないのだから。

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