第476話 生贄
頭を抱える狼男を放置して、僕たちは誰が後衛に立つのかを話し合った。
「でも、回復魔法の使い手こそが最後まで守られるべきだと僕は思うんですよ」
全く持って正論。当然の話を僕は並べる。
損耗激しい戦闘を繰り返す中でパーティが崩壊せずにいられるのは回復魔法が支えているからだ。
しかしカロンロッサは納得がいかないようで顔をしかめて首を振る。
「ダメ、ぜんぜんダメ。アンタは教授騎士の頭になろうと言うんだから、背中を見せて着いてこいっていうくらいじゃないと纏まるものも纏まらないわ」
既に率いるべき教授騎士の半数以上が死亡したというのに、もはや頭目もなにもありはしないだろうと思っているとオルオンが口を開く。
「そうか? 後ろから的確に指示できるならそれでもいいと俺は思うぞ。だが、戦闘への適性という観点からいえば断然、魔法に時間の掛かる俺が後ろだ。オマエさんたちは前にいてもそれなりに戦えるだろ。俺なんか前に立つとただのオッサンだ。しかし後ろなら戦い方もある」
悪戯っぽく笑うオルオンはまだまだ幾つも手札を伏せているのだろう。
確かに彼の魔法は僕の魔法よりも一呼吸余分に時間が掛かっている。
「そりゃ、誰だって一緒だよ。アタシやアンタたちみたいなのが正面から向かい合えばグランビルにとっちゃ扉を開けるのと大差ない手間で折り畳まれてお終い。なにかする間もありゃしないよ」
少なくとも体術では僕なんかよりずっと上のカロンロッサがそう言うのなら、おそらくそうなんだろう。
「ま、アタシもまだ手がない訳じゃないしね。その為にも後ろで準備しなきゃなのよ!」
ううむ、この人はあれだけ無茶苦茶したにも関わらずまだ暴れるつもりだろうか。次は僕たちごとグランビルを吹き飛ばそうとしないかやや心配でもある。
「わかりました。じゃあ前衛一人は僕が出しましょう」
今更、隠し立てもないだろう。
僕は亜空間からゼタを取り出した。彼女はキョロキョロと状況判断につとめ、カロンロッサを確認して落ち着く。
「僕が作った動く鎧ですがこの辺りは魔力も濃いし、それを防御力に転換すれば一回ぐらいは攻撃を耐えるかも。そうでなくても一回分は盾になるので、結局僕が前に立つのと同じくらいには役に立つと思います」
「なるほど、さすが魔物使い。その調子でもう一体出してよ」
カロンロッサはゼタをペシペシと叩きながら軽く言った。
「いや、一体だけですけど。あと、彼女を出すので僕は後ろですよね?」
「うむ、いいんじゃないかね。それじゃあ前は俺かカロンロッサか」
あっさりと主張が認められ、僕は前衛選抜から一抜けした。
カロンロッサは頭を掻くと視線を床に落とす。
「そうは言ってもアタシもアンタもすぐ死ぬからねえ。学者先生、アンタもなんか妖精とか出せないの?」
「ないこともないが、さて。じゃあ俺が見事前衛を勤めあげ、最後まで生き残ったら君たちはいくら払うね?」
どういう意図を込めたものか、オルオンは不穏な笑みを浮かべて問うのだった。
※
魔力関知によりグランビルの居場所はすぐにわかった。なんせ彼女の魔力はまったく隠匿をされていない。その上、僕たちは戦闘を避けることができ、グランビルはそうではない。
おそらく、地下二十階の強力な魔物と単身で戦闘を繰り返しながら迷宮を彷徨っている。
圧倒的な強さをもって遭遇した魔物と渡り合い一人で動いているのだろう。時折強烈な魔力を発しているのは魔物の群に向けて広範囲攻撃を仕掛けているのだ。
「まだ元気みたいですね」
魔力の解読に集中しながら僕が告げると、一行の誰一人としてグランビルが死ぬとは思っていなかったようで当たり前のように受け止められた。
「毒も酸も苦しいだろうに、元気だね。グランビル嬢は」
ゼタ、ディドと並びながら飄々とした様子でオルオンは呟く。
押しつけておいてなんだけど、果たして大丈夫なのだろうか。
「嫌がらせなら十分なんだけど、ここで殺さなきゃ後が怖いよね」
一方、オルオンの心配など欠片も見せず、カロンロッサは目を細めて笑っている。その笑みは獰猛な肉食獣の様だった。
しかし実際に獰猛な肉食獣の様な外見のディドは膝下が人間の足になっていることを気にしてため息を吐いている。
やがて、僕たちは長い直線部に入り止まった。
少し待っていると、向こうの曲がり角からグランビルが姿を現した。
鎧の上からもわかる。哀れな程に肌が溶けており、毒にやられてか目つきも唇の色も悪い。
それでも足取りも生気も衰えは見えずに、なんなら戦闘意欲なんか先ほどより高そうだ。
「ぁ……ぉ!」
掠れた声を挙げグランビルが剣を掲げる。
「ああ、ありゃ喉が灼けているね。まあ、だからなんだって話だけどねえ」
言うとオルオンは懐の小瓶を次々に放り投げた。
先ほどやられた記憶からかグランビルは緊張とともに身構える。
壁や床に叩きつけられ瓶からは沢山の魔法生物たちが姿を現した。
一つ一つがおそらく相応の手間を掛けて作成されたのだろう。奇妙な生命たちが無秩序に産声を上げるなか、オルオンは最後の小瓶を掲げた。
瓶の内にあるにも関わらず禍々しい気配を放つ魔力塊が封印されている。
「みんなごめんよ。せいぜい恨んでおくれ」
短い謝罪を述べると、オルオンは最後の小瓶を開けた。
『食い散らせ、偽玉竜!』
解放されたのはやはり魔法生物であった。
未だ形を為さぬそれは空中を漂う同胞たちを端からかみ砕き、飲み下して魔力密度を上げていく。
ほんの一呼吸の後、超高密度魔力の実体を獲得して地面に足を付けたのは二本足の、しかしリザードマンとは明確に別物の巨大な凶悪な風貌をしたトカゲであった。
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