第473話 学者の頼み

 グランビルを見誤っていた。

 ほんの一瞬で僕はそれを突きつけられる。

 頑丈なゴーレムを打ち砕くカッシアの短棍も、ディドの手斧も青く光る黒鎧に傷一つ付けることが出来ずに弾かれた。

 

「大馬鹿者どもめ!」


 大喝してグランビルが大剣を振るとそれだけで前衛の二人が、いや、他の者と切り結んでいたグリヨンまで纏めて三人が吹き飛んだ。

 一瞬遅れて不可視の力が押し寄せ、僕も激しく吹き散らされた。

 受け身を取り損なって痛打した後頭部を手で押さえる。石にぶつかって裂けたのだろう。手には血が付着した。

 コイツはまずい。

 見ればカロンロッサとオルオンも倒されている。

 ブラントから手玉に取られていたからか。罠で仲間を失って現れたからか。知らずにディドの弟子であるクロアートを引き連れてきたからか。

 いずれにせよ、なんとなく勝てると思いこんでいた。

 ブラントが衝突を避けていたのも、単に厄介で面倒だからだと思いこんでいたのだ。とんでもない蒙昧である。

 最強にも度合いがあろう。グランビルのそれは、圧倒的だった。

 おそらく、身に纏った装備品の強力な呪いが力の源泉であり、本来なら使用者の身体に被害をもたらす方へ向かうはずの力をどういう原理か完全に使いこなしている。

 馬鹿げた防御力も、よくわからない衝撃波も魔力の影響に違いはないが、狭義の魔法とは似ても似つかない。

 特に衝撃波は、前衛の方が発生源に近い分、僕よりも何倍もダメージが大きかった筈だ。

 それでも前衛は折れずに立ち上がる。

 

「殺すっつったら殺すんだよ!」


 頭から血を流すディドが懐から何かを取り出した。

 白く、尖った骨の様なものをディドは自らの腕に突き立てる。

 ほんの一呼吸の間にその外見は歪み新たなものへと変化した。

 人狼?

 ディドの顔面は犬のものになり、全身に灰色の毛が生えている。

 

「おお、面白いね。狼男か。とするとさっきのは吸血鬼の牙か何かだね」

 

 起きあがったオルオンが場違いな声を挙げた。

 その手がコートの中に伸びている。取り出された小瓶の蓋を外すと、中から光った球体が出てきた。

 ぼんやりと明滅する光体はウィスプだ。通常は迷宮の九階よりも深い所にいる魔物である。

 

『ウィリアムの火よ、敵を照らしたまえ』


 オルオンの呼びかけに応じて、ウィスプは数条のか細い光線を放った。

 光線はグランビル陣営の面々の、眼球に向かって伸びている。


「ぐ、やめろ!」


 グランビルが呻く様に叫んだ。

 闇に慣れた冒険者の目に、突然の光はつらいのだろう。光の強さはそれほどでもないが、一様に目を庇い、動きを止めた。

 光線は標的が動いても追尾し続けており、腕で目を庇うか瞼を閉じるかを相手に強いている。

 セコい小技だが効果的だ。

 僕は吹き飛ばされたグリヨンに回復魔法を掛けながら、戦況を観察した。

 カッシアの短棍がグランビルを避け、敵の前衛を貫いた。

 今度は鎧ごと相手を押しつぶし、屠った。

 

『風獣!』


 勢いに乗ってグランビル以外の敵から片づけようとさらに突進したカッシアを最後衛から発せられた真空の刃が切り付ける。

 魔法攻撃は狙いが適当でも命中しやすい。クロアートによる攻撃はカッシアの命までは届かなくとも、押しとどめ深手を負わせた。師の教えがいいのか、戦闘になったら迷わないらしい。

 怪我から回復したグリヨンは光の剣を手に飛び出していった。

 未だに目を照らされた連中の中、カッシアの横をすり抜けて後衛に飛び込むと一息に魔法使いのムロージを切り捨てた。

 これで残りはクロアートとグランビルだけだ。

 

「百倍!」


 獣人化したディドが怒鳴りながら手斧を振り下ろした。

 狙いか偶然か、ディドがタンコブを作った場所に叩きつけられた斧の刃はしかし、わずかに兜へ刺さって止まった。

 

「痛い。ダメージを与えられたのはいつ以来か。しかし、これで気が済んだろう」


 言うと、グランビルは剣を持たない方の手でディドを掴むと、小石でも投げるように巨体を放った。

 矢のように飛んだディドの体はウィスプを砕き、そのまま壁に激突した。全身の骨があらぬ方に向いており、どう見ても即死である。

 

『雷光矢!』


 普段はどんな相手にでも過不足のない威力を発揮する消滅の魔法が、グランビルの鎧に飲み込まれた。

 

「小うるさい」


 グランビルの魔剣が襲いかかるカッシアを短棍ごとまっぷたつに切り裂いた。

 

「連中から」


 隙をついて剣を走らせたグリヨンはしかし、ダメージを与えられないまま返す刃で血煙に変えられてしまった。

 

「片づけるとするか」


 新たな小瓶を取り出したオルオンに向けて、剣先がピタリと固定された。

 蓋を開けるよりも剣を振るう方が早い。そんな間合いだ。

 

「お嬢さん、一つ頼みがある」


 オルオンは小細工出来ないよう小瓶を高く掲げて呟いた。


「なんだ?」


 こういう時に、グランビルは話を聞こうとする。

 しかし、オルオンの頼みはグランビルに向けられたものではない。

 

「蓋をあけてくれないか」

 

 その一言の意味をグランビルが推し量るよりも早く、オルオンの耳に隠れていた双子の妖精が飛び出し掲げられた腕の、グランビルから見えない場所を伝って小瓶にたどり着いていた。

 蓋を開けると同時に目的外の力を使った妖精は消え失せ、代わりに小瓶から黄色いガスが吹き出す。

 

『酸の雲よ』


 剣がオルオンの胸を貫いた時には既に魔法が完成していた。

 ガスは濃酸と猛毒の雨となりグランビルに降り注ぐのだった。

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