第472話 一時雇用
順応が進んだゴーレムは主に二つの能力が特化して強化される。
力強さか、動きの滑らかさだ。
武骨な岩の体が厚みを増し、構造体自体も魔力で硬くなっていく。
またはむしろつるりとした体になり、身軽に攻撃を避ける。
いずれにせよ、通常の攻撃は効きづらい。
頑丈さに舵を切ったゴーレムはしかし、ディドの斧により派手に打ち砕けた。カッシアの短棍も金属に負けない硬さのゴーレムをやすやすと叩き潰す。グリヨンの振るう不可視の剣も獲物を四つに斬り分けた。
しかし、ゴーレムは九体の二群。計十八体もいる。三体が倒れても残りは沢山だ。
僕も体内で魔力を練った。ゴーレムは本体が雑霊であるため、肉体は屈強でも魔法に弱い。そのため、『砕魂』がよく効く。
ふと、オルオンが目に入った。彼は懐に手を突っ込んで何かをしようとしている。僕は興味が沸いて練り上がった魔力を弄びながら発動を遅らせた。
すると、オルオンが取り出したのは小さな、人差し指ほどの太さと長さを持った瓶だった。口には木製の栓が詰め込まれている。
『お嬢さん、遊んでおいで』
それは慈愛に満ちた父親が最愛の愛娘に囁くような魔法だった。
小瓶から飛び出た小さな魔力の固まりは中空で人型をとると煌めいたまま最後尾にいるゴーレムへと飛んで行った。
次の瞬間、そのゴーレムは周囲の仲間を相手に暴れ始めたではないか。
巨大な岩の固まり同士が大きな音を立てて殴り合い、その隙に前衛三人が他の敵を打ち倒していく。
一斉に敵を倒す『砕魂』を放つのがためらわれたので、魔力を練り直して僕は別の魔法を唱えた。
『雷光矢!』
スイカほどの大きさの魔力球が飛んでいき、密集したゴーレム三体には大きな穴が開いた。穴の開いたゴーレムのうち二体はそれで動きを止めたが、残り一体は穴の開いたまま動き続け、カッシアの短棍で打ち砕かれるのだった。
「おっさん、こりゃ倒してもいいのか?」
他のゴーレムが全て倒れ、ディドは聞いた。
残ったのは暴れた件のゴーレムが一体。それも激しい殴り合いの果てに立ち上がることも出来ない程体が壊れている。
「いいとも。気にせずやってくれ」
オルオンが答えると、ディドの一撃によって壊れ掛けたゴーレムにとどめが刺された。
「よかったんですか?」
「ん、なにが?」
僕の問いにオルオンは振り返った。
はぐらかすなどという様子でもなく、質問の趣旨が理解できないのだろう。
「さっきのが妖精なんでしょう。それを取り出しもせずにやっつけちゃって」
「ああ、気にするなよ。まだ沢山いる」
そう言ってコートをめくると、その内側には数十本の小瓶が納められていた。
「それ全部に妖精が入っているんですか?」
これが魔法だとするなら全く知らない技術体系である。そうである以上、聞かずにはおれなかった。
「そう、愛しい愛娘たちさ。しかし、悲しいかな彼女たちに会えるのは顕現したほんの短い時間だけで、あとは行ったきり。なんせ魔法だからね。君だってさっき飛ばした魔法が返ってきたら困るだろう?」
なにが面白いのか、オルオンはハッハッハと笑う。
「例外はこの子だけだよ」
そう言ってオルオンは首元から小さな妖精を取り出した。
双子の片割れだという小さな少女は相方が見た風景を絶え間なく囁き続けている。
「そうしてこの子が言うことには、グランビルたちも地下十八階に降りたところらしい。せっかく二十階で待ち合わせをしてるんだ。少し急ごうか」
僕たちは地下十九階に降りてしばらく歩いたところでゴーレムに遭遇したのだ。迷宮に立ち入る時間に差があったことを考えれば、彼我の距離はどんどん消費されている。
「あれ、おかしいな。罠の分だけ足を鈍らせてる筈なんだけどな」
呟き、首を傾げるカロンロッサに同じ様な思いを込めた視線を皆が向けた。そうやって彼女が稼いだ時間も、自身が罠解除に興じる分で消費してしまっているのだ。
まあ、どこで遭遇しても戦闘以外に道はないというのも事実なのだけど、道中で追いつかれればなんとなく心理的に勢いが鈍りそうでもある。
「次から僕が道を指示します。ここにいる人たちは僕の指示に従う事を了承している筈なので、構いませんよね」
僕はカロンロッサ以外の仲間たちに宣言した。
特段の反対も出なかったので、以降の移動は僕が魔力を走査しながら魔物の出ない道を選んで進むのだった。
※
地下二十階には端の方に広い空間が広がっていた。
結局、戦闘のないままたどり着いた僕たちはゆっくりとグランビルたちを待ち受けた。そうしてやってきた一行を見て僕は目を丸くした。
「クロアート?」
ディドの素っ頓狂な声が広場に響きわたる。
確かにグランビル隊の最後尾には緑がかった髪の痩せた男が立っていた。
「ディド先生?」
向こうでも驚いているので相手が僕たちだと知って討伐に加わったのではないらしい。
「知り合いか?」
グランビルがクロアートとディドを交互に見た。
どうやらこちらも関係性を知らなかったらしい。
「ええディド先生は私の師匠です。それよりグランビル師、都市権力を私物化しようとしている悪党というのは……」
「それはもちろん、アイツらだ」
グランビルの指はまっすぐに僕を差している。
話がややこしい。僕たちもグランビルたちも、当のクロアートでさえ困惑の表情を浮かべていた。
その様子だと、人数の不足を埋めるために適当な僧侶を雇ってやってきたのだろう。確かに、クロアートがディドに師事し達人となったのは数年も前の事だというが、それにしても迂闊が過ぎる。
せめてそこに立つのが僕の妻ステアでなくてよかった。
しかし、下々の者に興味をもてないグランビルはともかくとして、右腕のヒューキースなんかはどう考えているのだろうか。そう思って眺めるとグランビル一行にヒューキースの髭面はなかった。
「あれ、ヒューキースさんはどうしたんですか?」
というよりもグランビルとクロアートの他、あと二名しかいない。総勢四名だ。
「白々しい事を! 罠を仕掛けたのは貴様らだろうが!」
怒りに燃えるグランビルは漆黒の鎧に青い光を走らせると、大剣を引き抜いた。
罠を仕掛けたのはあくまでカロンロッサであって、僕は命令も協力もしていない。しかし、言い訳しても空しかろう。
クロアートの扱いなどをもう少し話したかったのだけど、非常に締まらないまま教授騎士同士による戦闘はぬるぬると幕を開けるのだった。
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