第474話 お祈り
無敵の鎧も液体を弾く能力まではなかったらしく、グランビルの手は藻掻くように、鎧の上から顔や体を何度も撫でた。しかし、上級戦士の耐久力はもはや怪物的だ。致命傷には遥か遠い。
酸による火傷と毒の効果が彼女の体力を奪い去るよりも歩いて帰還する方が早いだろう。
『眠れ!』
僕の魔法は今、まさにグランビルを癒そうとしていたクロアートから意識を飛ばした。
「おのれ、姑息な!」
怒りに打ち震えるグランビルが吠えるのだけど、あまりの強さに卑怯だと文句を言いたくなるのはこちらだ。
それでも、グランビルは確かに強大だが、果たして神と呼べるほどか。否。
ウル師匠は僕に神を殺す術を身につけろと説いた。
諦めずに倒す方法を模索しなければ。
「貴様だけは許さんぞ!」
グランビルの全身に青い紋様が光となって浮かび上がる。
先ほどの衝撃波を一点に集中して放つ気だ。僕なんかひとたまりもないだろう。
魔力を練り対応を高速で検討していく。
と。
「じゃあ、アタシは許してくれるのかな?」
どこへ隠れていたのか、完全に気配を消していたカロンロッサが口を開いた。
やはりダメージは受けていたのだろう、額からは血を流し体は服が擦り切れている。
その手には握りこぶしほどの大きさの球体が握られていた。
気勢を殺がれたグランビルは兜の中の爛れた顔を歪めて苛立たし気な息を吐く。
「女狐め。今更許すわけがないだろう!」
喉も焼かれたのだろう、低い声には妙な雑音が混ざっている。
その声を聴いてカロンロッサは微笑んだ。
「そう、じゃあいいよ」
あっさりと言い、カロンロッサは手元の球体を落としながら蹴りつけた。
攻撃か。
僕もグランビルも身構えたのだけど球体はあらぬ方に飛んでいき、クロアートにぶつかった。
すると、球体にヒビが入り葡萄の身が押し出されるように中身が露出した。
大きな眼球だ。そう思った瞬間、眼球は光を発した。
僕もグランビルもとっさに目を庇う。
光は一瞬で止み、手をどけると石化したクロアートが立っていた。
石蜥蜴の眼。
石化の能力を持つ魔物の眼球が宝箱に仕掛けられ、迂闊に開けた者を石にする。そんな罠が存在する。まさか、それを抜き出して攻撃に用いるとは思ったこともなかったが、カロンロッサは実際にやって見せたのだ。目を隠されると効果が激減するので、動けないクロアートを狙ったのだろう。
「それからほら、これはアンタに」
木箱を二つ、グランビルに投げつけた。
撃ち落とすべきか逡巡したグランビルは、すぐに後ろへと飛び退った。
箱は床に落ちると壊れ、けたたましい音を鳴らした。
警報音!
罠に引っかかったマヌケの位置を他の魔物に教える罠だ。
間もなく音を聞きつけた魔物が押し寄せるだろう。
「それと、ディドからの伝言を預かっているわ。ええと、なんだっけ。百倍?」
「千倍だ、バカ野郎!」
血まみれの人狼が死角から飛び出し、グランビルの後頭部を蹴り飛ばした。
背後から無防備に蹴りを受けたグランビルは無様に転がる。
「ほら、気が済んだら逃げるよ。全然効いてないし!」
カロンロッサは真四角の箱を一つ、僕に手渡しながら怒鳴った。
「それ、合図と一緒に天井に投げて。ほら、祈りの時間だ。三、二、一!」
否も応もない。僕は勢いに押され、合図に合わせて木箱を放った。中空に飛び出した木箱はしかし、目の前で掻き消える。
それどころか、グランビルもクロアートも広い空間も全て消えてしまった。
通路?
「た、助けてくれ……!」
目の前の壁から声がする。いや、壁じゃない。声の出どころはその裏だ。
すぐそばに三差路があり、その向こうを覗き込むとディドが岩壁に呑まれかけていた。
両足の脛から先が壁の中に突き刺さっていて、痛みに呻いていた。
カロンロッサも駆け寄ってきて、壁と足の付け根を踏みつける。
「痛い、痛い、痛い!」
余程痛いのだろう。ディドは両腕で頭を押さえて喚いた。
「ああ、こりゃ切断しなきゃ無理ね。さて、どうしたものか」
淡々と言うのだけれど、いつも飄々としたカロンロッサの額には大粒の汗が玉になって浮いている。
「あの、僕が回復魔法を使えます。っていうか生きていたんですね」
グランビルに投げつけられ、ディドはグチャグチャに潰れていたのでてっきり即死したものと思っていた。それくらいの勢いで壁に叩きつけられたのだ。
「この男はね、狼に変身すると格段に打たれ強くなるし吸血鬼程度の治癒能力も身に着くの」
カロンロッサは床から手斧を拾うとディドに手渡す。
「でも、運が良かった。私もディドもアンタも無事に生きている。上出来じゃないの。誰かは死ぬかと思っていたよ」
ヒッヒッヒ、と不気味に笑うのだけど、余程興奮しているのか指先がブルブルと震えていた。
「さっきのは……?」
「イチかバチかの瞬間移動。上手く乗ったわ」
やはりそうか。得心すると同時に背筋に冷たいものが走る。
宝箱に仕掛けられている中でももっとも恐ろしいと言われる罠が瞬間移動だ。
罠を発動させてしまった愚か者は、その階層のどこかに飛ばされるか、あるいは永遠に姿を現さないのだという。
危うく、永遠に消え失せてしまうところだった。
「ちょ、おい回復魔法使えるならこの足を切ってくれよ!」
「アンタ、硬いんだ。アタシやこの子じゃ切った端から再生していくでしょう。覚悟を決めて自分でやりな」
ピシャリと言われたディドは凄まじい表情で自らの手斧を見つめていた。
「あの、他の方は?」
瞬間移動の罠は罠外しに失敗した者だけでなく同行者を巻き込む。
それは例え死体であっても変わらないらしい。
「ううんと……移動する前の位置関係からするとカッシアとグリヨンはあっちの壁の中だね。学者先生は多分、向こうかな。あっちの壁の向こう。そんなことよりも、グランビルのヤツ今頃怒ってるだろうな」
罠による攻撃が上手くいったことか、強敵相手に生還したことか。カロンロッサはたまらなく嬉しそうだった。
「最後に僕が投げたのは?」
「爆弾、それも強力な。まあアイツの鎧には嫌がらせ以上の意味はないんだろうけど、今頃は怪我を治す方法もなく酸の火傷と毒に喘ぎながら押し寄せる魔物と戦ってるよ」
警報音を二つも鳴らせばそれはそうだろう。そうして、その為にクロアートを石化したのだ。
戦闘力に劣る者が強敵を倒すにもこんな方法があったのか。
とんでもない女盗賊の戦い方に僕は感心するとともに、秘かに練っていた対グランビル用の魔法を胸の内にそっとしまい込むのだった。
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