第470話 骸骨
スルスルと迷宮を降りていく。
カロンロッサの罠は主に階段の前後に仕掛けられていた。
「ここには仕掛けないから次に行こう」
地下十五階へ降りる階段を眺めながらカロンロッサは言う。
罠への知識はないのだけど、仕掛ける余裕があるのならまだ袋にはいくつも残っているのだから、仕掛けたらいいのではないだろうかなんて僕は思った。
と、オルオンが笑った。
「おい、十一階の罠に誰か引っかかったらしいぞ」
オルオンは右手を耳に当てていたずらっぽい表情を浮かべている。
その手の中にはわずかながら魔力の気配がする。
「へぇ、わかるの?」
カロンロッサがオルオンに聞いた。
「うん、これは内緒だが妖精の囁きが教えてくれるのさ」
そう言って開かれた手の中には親指の先と同じくらいの大きさを持つ人型がいた。
小さいが魔力の塊である。ぼんやりと光っており、耳を澄ませば小さな音を立てていた。
「うわ、なにそれ?」
カロンロッサが目を丸くして食いついた。
「俺の様に純粋で日ごろの行いがいい男には妖精が寄ってくるものさ。そうして妖精たちは俺に力を貸してくれる。こいつは”双子”の妖精で、相棒が見たものを同時に見て俺に伝えてくれるんだ」
その説明のどこまでを信じていいものか。しかし、それがある程度本当だとするのなら、オルオンは離れた場所の情報を得ることが出来るのだろう。
「それで誰が罠に掛ったんだ?」
ディドが横手から口をはさんだ。
オルオンは再び耳に手を当てると、頷いてディドに返す。
「妖精は人間を見分けるのが苦手だ。性別さえも分からない。グランビルには妖精にわかる液体を付けていたからグランビルだけは区別ができるが、グランビルではないらしい」
「オッケ、オッケ。どうせ嫌がらせなんだから誰でもいいわ。罠に引っかかって、次の階段でも罠を見つける。あとは石ころ見ても罠と考えるようになるわ」
カロンロッサはヒヒヒと笑い、適当な石片を階段の前にばら撒いた。
なるほど。なんでもない石ころでも、そうなれば警戒せざるを得ない。足は鈍り、判断は迷い、体力は無駄に消耗する。
僕たちは石ころを跨いで階段を降りていった。
「この辺かな?」
階段を降り始めてすぐ、カロンロッサは階段のステップに何かを置いた。
「それは?」
僕が訪ねると彼女は細い棒を一本、僕に渡す。
長さは肩幅くらいか。なんの変哲もなさそうだ。
「踏んだら転がる丸い棒。これを何本か纏めて置いておくと、踏んだ時に転ぶのよ。仲間を巻き込んで勢いよく階段を落ちてくれたらよし、そうでなくても転んだだけでも成功。私たちよりも重装備の連中の方が転んだとき、怪我しやすいでしょう」
「罠は仕掛けないんじゃなかったんですか?」
「こんなんは罠のうちに入らないの。ただの嫌がらせ」
悪い笑顔を浮かべながらカロンロッサは言い、棒を僕から取り上げる。
その後、階段を降りるまで同様の仕掛けを二か所に施し、僕たちは十五階に降り立った。
これで追い付かれての負けはなくなる。同時に、無血での決着もなくなった。
しかし、迷宮にいるのは僕たちとグランビル組ばかりではない。八体の骸骨兵士たちが僕たちの前に立ち塞がる。
元は死体に取り付いた雑霊の魔物だ。それもここまでくれば他者を殺して奪った魔力により運動能力が格段に上昇しているのだ。
先頭の骸骨が手にした斧を振り上げる。瞬間、光が伸びて骸骨は斧ごと二つに割けて崩れた。
前衛のグリヨンが持つ魔剣による攻撃だ。
彼の剣は振られると軌跡に光を残す。しかし、刀身は早すぎて僕なんかじゃ全く見えない。光の線はあっという間に三体の骸骨を切断し、鞘に納まるのだった。
ディドはといえば、こちらも危なげなく骸骨に斧を振り下ろしている。
鋭く、素早く、力強い動きはこの階層くらいの骸骨兵士では相手にならず、二体を豪快に打倒した。
「この辺りの戦闘じゃ俺に出番はないな」
オルオンは剣呑な目つきの割に呑気な口調で呟く。
その手はコートの内側に入っているので、そこに何かしらの戦闘手段が秘められているのだろう。
果たして、言葉通りに前衛のカッシアが残った魔物を平らげて戦闘は終了した。
無傷の完勝である。
さすがに豪華なパーティで、ここに至るまで苦戦すらもない。だけど、それは同時にグランビル組も同様に強者揃いであることを意味していた。
「おい、いい加減に宝箱をいじるのはやめろって、アイツに言えよディド」
自らの身長よりも少し長い金属棍を担いだカッシアが言った。
まもなく四十に差し掛かろうかとする男で、大柄というよりはヒョロリと長い印象を与える戦士だ。
その視線は興奮した犬のごとく宝箱に挑みかかるカロンロッサに向けられていた。
「俺に言うなよ」
「じゃあ誰に言えばいいんだよ。直接伝えるのが一番、効果が無さそうだが」
その問いに答える者はなく、場にはただカロンロッサが恋人と語らう音だけが響き続ける。
「それなら、せっかくの機会だ。おい、
カッシアの言う御頭とは、もちろん僕のことだ。
「それは僕も聞きたかった。ここならいくら大声で叫んだって領主府に聞かれる心配もない。率直に話してくれないか」
光の剣士グリヨンもこちらへ歩み寄ってきた。
こちらはごわごわとした大きな布を何枚も重ねて着る青年だ。
髪は長く、女と言われれば信じてしまいそうな整った顔立ちをしている。
しかし、剣を操る手は節くれだち、布から覗く前腕は発達していた。
都市でも有数の戦士たちに囲まれ、僕は説明すべき言葉を探すのだった。
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