第471話 同盟

「まずロバートさんは、なんでしょうね。僕なんかと大きさが違いすぎて考えを読むことが全く出来ないんです。ただ、あの人をあえて評価するのであれば『遠くにいればきちんとした人』なのかも知れません」


 結局はこのあたりの表現になるだろうか。

 あの男を冷静に観察すれば、全体の舵取り役として悪くない気もする。欲が薄く、私心も持たず、合理的であろうとする。また幅広い知識も身につけており、行動力と群を抜いた武勇も併せ持っている。

 これは、その恩恵を受けるだけの市民の立場であればなかなか得難い為政者であるのだろう。しかし、為政者の存在を市民は不都合を感じたときにだけ、原因を呼び寄せた者として夢想するのみなので、現状で市民がロバートをどう思っているかは不明だ。ロバートはあらゆる他人からの評価から自由な男でもあるので、面と向かって怨嗟を浴びせられても眉一つ動かしはしないだろうけれど。

 

「例えば、彼が領主の座に座ることは悪くないと思っています。情勢を考えても、他に適任者がいなかったので」


 しかし、同時にもっと適任の者か、彼に次ぐ適任者がいるのならそっちを推してもよかったのではないかと思う。

 だが、あの場面では僕たちが一番早く動いたし、それを覆せるタマを誰も持ち出してこなかった。

 

「僕もロバートさんも権力に欲はなくて、都市が安定する事を目標に行動しています。これに嘘はありません」


 なんせ、ロバートはアンドリューに会いに行きたいのだ。玉座に座り続ける必要はない。僕だって家族や大切な人々が無用なトラブルに巻き込まれないのであれば、領主府なんか近づきたくもないのだ。


「『遠ければいい人』ってことは近けりゃどうなんだい?」


 オルオンが横手から口を挟んだ。


「迷惑な人です」


 僕の率直な評価にディドが苦笑を漏らす。

 もしかするとカロンロッサに対して抱える彼の思いと近いのかも知れない。

 しかし、事実として彼には出来るだけ近寄りたくない。にも関わらず嵐の様に向こうからやってくるので僕はまいっているのだ。

 

「ロバートさんは一部の例外があるけども物事を非常に冷酷に、合理的に判断します。僕も含めて教授騎士全体を利用できるか、邪魔かで判断している途中だと思います」


「なんだそりゃ。オマエさんが纏められれば使えるし、そうじゃなければ使えないってか?」


 カッシアがあきれた様に言う。

 グリヨンも詰まらなそうな表情で首を背けた。

 

「内情がどうあれ詰まらない支配者じゃないか。僕たちが従う必要はないね」


「だが、都市を敵に回すのは厄介だ。俺は従えばいいと思うがね」


 オルオンは笑いながら言った。

 グリヨンの鋭い視線がオルオンに向けられる。

 

「剣術バカに罠女、チンピラ上がりの斧使いと怪力自慢の短棍使い。どいつもコイツも調整役なんて向いていない。それに教授騎士といったところで所詮は日銭稼ぎの身分だ。領主殿の様に広い目線も判断力も持っていない。ブラントがいるのなら別だが、現状では俺たちも誰に着くかを決めて結束した方がいい。それには案外、この坊やがうってつけだと思うよ」


 オルオンの言葉にディドの目線が細くなった。


「俺がチンピラだったことなんか一度もねえんだよ」


 低く、威圧感のある声が場に広がる。

 

「そうかい。エランジェスに潰された一家の若造はチンピラとは言わないのか」


 ディドの額には瞬時に血管が浮き上がり、手が腰に。

 同時にグリヨンの剣が鞘ごとその手を制していた。カッシアも短棍を二人の間に差し入れている。

 

「なにやってんの、アンタ?」


 ディドの頭が背後からベシャリと叩かれた。

 叩いたカロンロッサは続いて尻を蹴りつける。


「忙しいんだから、遊んでるんじゃないよ」


「いや、だってコイツが……!」


 蹴りにビクともせずディドは抗議の声を挙げた。

 その声を無視してカロンロッサはオルオンに向き直った。

 

「アンタも結束とか言うんなら煽るような事を言うなよ、学者先生」


 その手には今抜き出したばかりらしい罠の仕掛けが握られている。

 

「これは俺が悪かった、全面的に謝罪しよう。ところでその罠はどういったものだね?」


「秘密。あんまりグダグダ言う奴にはコイツを炸裂させてやるから、皆ちゃんとしなさいよ!」


 苦笑してオルオンは頭を掻く。ディドもタイミングを外されて腰からは手を離した。


「かなわないな。まあそんな訳で俺は結束に反対をしていないんだ。政変が落ち着くまで仲良くやればいいし、気に入らなきゃその後で都市を出てもいい。各々、いつでも逃げられるよう準備をしておいたほうがいいとは思うがね」


 それはつまり僕を盾にして身を守り、いざというときは僕が猛獣に食べられている間に逃げればいいという提案だろうか。

 

「どのみち、一時的な結束だ。そもそもこの迷宮行だって生きて帰れるとは限らん。後のことは後でゆっくり考えるさ」


 短棍を担ぎなおしながらカッシアが呟く。

 

「グランビルは強いが、他の連中だって厄介だ。僕も負ける気はないが……」


 グリヨンの言葉は自分に言い聞かせるようで、少しだけ悲壮な雰囲気を纏っていた。

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