第469話 毒の華

 僕とグランビルのみならそのまま迷宮に向かえたものが、参加者全員の準備を整えるとなると少し時間がかかる。なにより、財産目録と譲渡に関する書類の作成については各々が財産持ちであるので一仕事だ。

 その途中でみんな会議室を出たり入ったりしていくので、僕も見計らってモモックを助けに行ったりしたのだけど結局、各々が装備品の手配をし、関係書類を取り寄せ、領主府にいる上級役人二人に見届け人を頼み、誓紙に署名が終わるころには既に夜も深くなっていた。

 

「んじゃ、俺は帰って寝るからさ。どっちも頑張れよ」


 唯一、参加を表明しなかった魔法使いのボルトが気楽そうに言い残して帰っていった。

 後衛に僕とカロンロッサ、それに学者のオルオンがいる時点で席は埋まってしまっているので、誰かを押しのけてまで無理について来るほど熱くはないらしい。できれば僕と代わって欲しいと思っていたのだけど、それはこの際胸にしまっておく。

 ちなみに前衛は上手い具合に三人そろっており、僧侶がいないことを除けば意外にもきちんとしたパーティに納まってしまった。

 対するグランビルたち五人のうち、後衛は魔法使いが一人で残りは前衛職という様子なので非常にバランスが悪い。それは、まあ最初から当て込んでいたことなのだけれども。


「それじゃ、僕たちが先に行き、地下二十階で待ち受ける。それでいいですね?」


 なんやかんやと時間があったため、グランビル陣営の良識派ヒューキースと勝手に僕の陣営に参加したカロンロッサがある程度のやり方を取り決めていた。

 さすがに、迷宮の入り口付近で立場ある教授騎士が殺し合うわけにもいくまいと反対意見は出なかった。僕だってある程度の深みに潜った方が戦いやすいのでそれは文句ない。

 

「俺たちは日が昇ると同時に領主府を出ておまえたちを追う。万が一、十五階より浅い階層で追いつけば戦闘無しで俺たちの勝ちだ。賭け金はすべて没収。お前たちは都市から出て行って貰う」


 ヒューキースは敵味方に説明するように決定事項を復唱した。

 誰も異論を唱えず、納得をしている様である。

 両陣営の家令や使用人などもぞろぞろと領主府周辺に集まっているので、出発時刻などはある程度の監視もできるだろう。

 

「また、敗北を認めた者をいたずらに殺傷することは禁止とする。しかし、降伏した生存者はやはり追放とする」


 説明を聞きながらグランビルの視線は不愉快そうに周囲を睥睨していた。

 今回の一連全てが不快なのだろうけど、今から殺し合うのだと思えばストレスに苛まれてくれた方がいい。

 

 ※


「思えば、こうやって教授騎士だけで歩くってのも新鮮だな」


 迷宮に入るなり、オルオンは呑気に呟く。

 彼は背中に大きなリュックを背負い革製の長い外套を纏っているが、その下には礼服の時と変わらず洒落たシャツを着こんでいる。

 

「最初で最後になるんだろうけどね」


 カロンロッサも大きな袋を背負い、軽口を叩いた。

 彼女の言うとおり、迷宮騎士が連れだって歩くなど、余程のことがなければありえない。今回の決着がつけば、同様の機会は二度とないだろう。

 僕はコルネリを撫でながら、やはりカロンロッサから押し付けられた荷物の重みを肩に感じながら歩いて行く。


 さすがに、全員が迷宮を糧とする教授騎士である。進行速度は速く、戦闘は危なげなく、迷宮内での選択は正しい。

 戦闘もほとんど前衛の直接攻撃のみで片付け、僕たちはあっさりと地下十一階の階段を下りた。

 

「よし、この辺か」


 たった今降りてきたばかりの階段を細い目で睨み、カロンロッサが楽しそうに呟く。


「手早くやれよ。追いつかれたら面倒だ」


 その様を見てディドが釘を刺すように言うが、カロンロッサはヒラヒラと手を振って見せた。


「大丈夫、大丈夫。こんなもん慣れだからガキのナニより早く終わるよ」


 楽しそうなカロンロッサの手は僕のリュックに突っ込まれ、なにかをズルリと取り出した。弁当箱程度の大きさを持つ木箱だ。

 彼女は階段の両壁をペタペタと触ると、階段から少し離れた場所まで移動して指を差した。

 

「この辺かな。グランビルは硬いから無理だろうけど、ヒューキースでも殺せれば儲けもんだね」


 嬉しそうに笑いながら木箱を開け、何事かしている。

 

「あれは何を?」


 僕は腕を組んでそれを眺めるディドに尋ねた。


「そりゃ、罠だろ」


 当たり前の様に彼は答え、僕は驚いた。

 うすうすそんな気はしていたが、同時にまさかという思いも強くあった。

 迷宮で罠といえば魔物が仕掛けるのが普通である。僕たちの様な冒険者は主に盗賊がそれを攻略し、迷宮を進み、宝を持ち帰るのだ。

 それを、カロンロッサは自ら罠を仕掛けるという。


「あ、アンタたち私が死んだらここ通る時には気を付けなさいね。この矢には毒が塗ってあるから」


 カロンロッサは事も無げに言って小さな矢を木箱に仕掛けた。その周囲と上に、適当な石を置いて陰に隠していく。

 端から端まで黒く作られた矢は、鏃も光を反射しないように加工されている様だった。

 

「ま、グランビルが引っかからなくても通り掛かった魔物か冒険者が引っかかるでしょうけどね」


 よく目を凝らしてみれば、目線より高い位置に張られた真っ黒い糸が見える。

 知って見つめても気を抜けば見失ってしまうような細い糸だ。

 こんなものに誰が気づくというのか。


「へぇ、なるほど。ところでこの仕掛けは……」


 オルオンが興味深そうに隠された木箱を見つめる。


「宝箱から機構ごと取り外して持ってきた矢の発射装置よ。糸を引っ張ると中の発射装置が作動する。しかも、深い階層で取って来たものだから魔力駆動よ。威力が違うわ」


 どうも彼女は手管を隠すより、むしろ自慢したいらしい。

 オルオンは感心していたが、ディドは呆れたようにそれを見つめていた。

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