第468話 教授騎士たちⅡ
全ての条件をすっ飛ばして、グランビルは納得してくれた。
つまりは『迷宮内の殺人は不問』という大前提が彼女に妥協させたのだ。
自らが罪を犯しても構わないと考えている者には二種類があり、一方は重罪を犯そうが罰を受けない自信のある者である。その一方で罪が露見しなければいいと考える者もいる。
グランビルはどちらかと言えば前者であろう。だから話の流れ次第で僕を斬る気だった。
もちろん、重罪である。しかし達人の正規兵どころか熟練の教授騎士が揃っても彼女を抑えることは難しい。居並ぶ教授騎士より腕が立つ者も都市の中にはわずかに存在するが、そういう怪物を相手にしても五分以上に渡り合う自信もグランビルにあるのだ。
都市を向こうに回そうが僕の風下に立たないと断言する彼女が身柄を拘束され、鞭で打たれることはない。誰にもそれが出来ないから。
だから強気を崩さない。
しかしながら、誰を相手にも打ち負けない自信があったとして、財産や権利の保持はまた別の問題なのである。
罪を犯した者の財産権を領主府は一定の規則に則って制限する。
銀行に預けた金や都市内に所有する不動産の権利を書き換える権限を領主府は持っている。また、極端な法の運用をすれば連座で彼女の家族や親しい者を代わりに拘束し鞭打つことも出来るだろう。
同じように重罪を恐れなかった流れ者の狂人アンドリューとグランビルでは大きく立場が違うのだ。
なんの面倒もなく自らの主義を通せるのならばそちらを選ぶ。
莫大な財産を築いた者としてある意味で当然の行動であったし、大勢の家族を持つ僕だって同じ立場なら同じ選択をするだろう。
「それは一対一の決闘か?」
グランビルの確認事項はそれだけだった。
「いえ、すみません。ご存じのとおり僕は育ちが悪いのでそういった作法とかを全く知らないんです。普通に迷宮冒険者が迷宮内で遭遇し、揉めて片方が還ってこない。迷宮内ではたまにあることですから、それでいきましょう。もちろん、この場でグランビルさんを支持する方は一緒に来て貰えばいい。僕だって小分けに何度も揉めるよりも、一度に全員を皆殺しにしてしまった方がすっきりとしていい。その代わり、参加しない人は教授騎士統一組織への参加と僕の首領就任について今後の抗議を認めません」
グランビル派の教授騎士たちがグランビルに視線を集めた。
「ああ、それから一つ。僕と戦う人は財産の目録と譲与についての遺言書を書いてください。皆さんの大きな財産はこのご時世に所持者不明にして遊ばせるほど勿体ないことはありません。僕が貰い受けます」
「勝てると思っているのか?」
教授騎士の一人が困惑の表情で聞いた。
「勝ち負けは僕かグランビルさんが倒れるまで解りませんが、倒れた方は死ぬのだからもはや財産など不要でしょう。ただ、それだけの話です」
「いいだろう」
黒い剣を納めながらグランビルは言った。
彼女が了承したのなら、その追従者も従うだろう。
「ねえ、私がアンタの側に参加したら戦利品の財産って半分貰える?」
横手から発せられたカロンロッサの問いに僕はギョッとした。
確かにテーブルに載った財宝は無視できない額になる。かといって高い確率で敗北して死ぬ賭けに噛みついてくる者がいるとは思ってもいなかったのだ。
「だって、アンタは勝機があるからそんな分の悪そうに見える勝負をするんでしょう。臆病者の魔物使い君」
しまった。見誤った。
敵対を避けられないのは確かにグランビル一派だが、もっとも厄介な癖者はカロンロッサだった。
今更そんなことに気づいても遅い。
他の中立派連中もカロンロッサに乗ろうかと目を輝かせ始めた。
「ダメ、ダメ。教授騎士が二つに分かれて殺し合いなんて絶対にダメです!」
やはりロバートは見当違いをしている。
教授などと呼ばれ良識者面を浮かべている連中も所詮は悪意の迷宮と戯れる異常者揃いなのだ。
「じゃあ、俺も財産を賭ければ参加できるか?」
温厚そうなディドが前に進み出てきて口を開いた。
いや、温厚そうだったと言うのが正しいか。彼は一緒に迷宮へ行った時にも見せることの無かった剣呑さをまとっていた。
「俺はこっち側に着く! コイツを百倍にして返してやるよ、グランビル、コラ!」
見れば額に大きなコブと青筋が立っている。
机を振り払われた際、したたかに額を打ち据えられたのだ。
僕が勝手に良識人だと思いこんでいたディドは完全に喧嘩好きなチンピラの表情を浮かべていた。目が据わっており参加を断ればそれだけで殴られそうな剣幕である。
力の大小だけで戦闘の勝敗が決まる訳ではない。彼の片手斧だって機を拾えば十分にグランビルを殺し得る。
でも、ダメなのだ。
僕は僕で卑怯な手や隠している技を用いようとしているのだから。
「いいじゃないか、なぁ。俺はブラントだって嫌いじゃ無かったぜ。ま、互いに心を許したりなんかしなかったからだが」
ディドの参戦を断る文句を考える僕の肩に、“学者”とあだ名される男の手が置かれた。
「皆、隠し玉くらい持っている。今までの各人独立運営を止めてオマエが親玉になるんなら反対派を粛清し、その力を俺たちに見せつけるくらいで丁度よかろうよ。というわけで俺も参加だ。死んだときには財産を誰に譲ればいいのかな?」
楽しそうな笑みと薬臭い体臭が鼻につく。
口ではそう言いながら、この男もカロンロッサも僕を認める気は皆無だ。
ただのお祭り好き、あるいはグランビルの人気のなさが高じ、場にはおそらく空前の額の大金が張られる事になった。
勝者総取。勝者側であったとしても死者は財産を没収される奇妙な状況に、きっかけである僕自身も辟易とするのだった。
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