第467話 教授騎士たち

「言うことがそれだけなら、話もおまえの人生も終わりだ」


 グランビルは小枝をそうするように、巨大な机を僕の眼前に突き付ける。

 たった一つの命で気前よく死んでやるわけにも行かないので、僕も魔力を練った。


「待て、グランビル!」


 机は急に地面に押し付けられた。

 どういう力が加わったものか、重厚な机が奇妙な音を立てて軋む。

 横手から机の天板を押し付けたのはそれまで沈黙を保っていたディドだった。

 同時に、グランビル派の戦士ヒューキースも机を押さえつけている。


「落ち着けグランビル。こいつを殺せば、俺たちは全員が反逆者として処罰される。それは割に合わない」


 整えた茶色い顎髭の伊達男ヒューキースはロバートの目論見を理解している様で助かった。ロバートは僕が教授騎士を纏められればよし、駄目だとしてもそれを口実に教授騎士たちを排除できるという二段構えをとっているのだ。

 もちろん、ロバートは僕がどうにかして場を纏めると確信しているのだろうから、信頼の厚さに嬉しくなるばかりだ。


「そんなワケがあるか。人形遣いを潰せば傀儡などどうにでもなる」


 グランビルは未だ、僕が黒幕で権力をほしいままに貪るつもりだと信じている。

 意志の強さは力の強さに直結するが、そういうところがブラントにいなされ続けた原因でもあろう。

 と、グランビルの黒い鎧に真っ青な光が走った。

 同時に抑えつけられた机が再び持ち上がるではないか。


「クソ!」


 怪力自慢のディドとヒューキースは机から無造作に振り払われた。

 

「待った、グランビル!」


 カロンロッサの声が室内に大きく響く。


「私とディドは命令に異論はないと明言しておく」


 言いながらカロンロッサは窓際まで移動していた。

 グランビルがその気になってもカロンロッサが外へ逃げる方が早いか。

 

「私を裏切り自由を捨てるか、カロンロッサ!」


「裏切るもなにも、アンタのことはブラントと同じくらい嫌いだから。ただ、やることは止めない。私たちが領主命令に従うと明言したこと覚えていてくれたらね」

 

 僕は思わず笑ってしまった。

 したたかとは彼女のことを言うのだろうか。

 僕が死に、グランビル一派が排除されると結局は彼女たちだけが残ることになる。

 纏める者もいなくなり、ただグランビルがいうところの自由を享受することが出来るのだ。

 

「じゃあ俺も、領主様の命令に従おう」


 “学者”のオルオンが舌を出しながら窓辺まで退いた。

 それに続き中立派の連中が三名、同様に後ろへさがる。

 これで中立派は全員が領主の命令を受け取ることとなった。

 残りはグランビルと彼女の一派である。

 いかに腕が立とうとも逃げに徹した教授騎士をすべて捕まえて皆殺しにすることは出来ない。

 

「ご理解が早くて助かります」


 僕は中立派の連中に向かって言った。

 もちろん、彼らの望みが僕とグランビルの共倒れだと知った上でだ。

 彼らは明確に宣言したのだ。で、あればそれは今後の推移がどうであれひっくり返すことは出来ない。

 

「グランビル、今はまずい。止めとけ!」


 グランビル派の連中が声を上げるものの、その目は疎ましげに仲間を見つめるだけで再び僕に注がれる。

 

「私は、私で生きている。決して曲げはしないのだ。その結果、都市が敵に回ると言うのなら全て斬り伏せて屈服させればよい!」


 彼女相手に生き残るのはとても厳しそうだな、なんて思いながら魔法を発動した。

 影渡り。

 すでに日が沈み、部屋は暗くなっている。教授騎士に暗闇を苦にする者などいるはずもなく誰も明かりをつけなかったのだから、辺りは全て影の中だ。

 影に沈み、他の場所に出る一号の得意技を真似して僕はグランビルの背後に移動した。

 研究の結果、この技は移動距離に応じて僕の内臓に負担をかけるらしい。

 しかし、これくらいの距離ならば強烈な吐き気を催すだけで済む。

 こみ上げる胃液を押さえ込みながら、さも自由に移動出来るような顔で口を開いた。


「グランビルさん、あなたが暴れると街が壊れます。それに応戦するなら僕も街を壊す勢いでやらなきゃいけない。でも、それは互いに本意では無いでしょう?」


 強烈な圧力が込められた視線でグランビルは振り返った。

 瞬間、ものすごい音を立ててグランビルが突き飛ばされる。

 グランビル以外の全員が驚いた表情で呆気にとられていた。

 

「本気なら、今ので頭を消し飛ばすことも出来ました。が、僕は地上での殺傷を好みません」


 出来るだけ堂々と告げながら、グランビルの負傷状況を確認した。

 モモックの全力を込めた飛礫は分厚い鉄板も容易に貫通するのであるが、表面を少しへこませるにとどまっている。肉体へのダメージも知れている。常識外れに硬い鎧だ。

 可能なら今の一撃で決めてしまいたかったが、しかたがない。

 こんなこともあろうかとモモックにグランビルの特徴を教えて伏せさせていたが、まさか鎧を着てくるとは思っていなかった。

 当のモモックはこの部屋が見下ろせる屋根の上で、射撃後の激痛でうずくまっているだろうから、待っていたって二発目は飛んでこない。


「貴様!」


 跳ね起きたグランビルの鎧が再び光り、手が剣の柄へと伸びる。

 

「迷宮で勝負をつけませんか」


 僕の言葉にグランビルは剣を抜きかけて止まった。

 ここで問答無用に打ち込めないからブラントに負けるのだと本人は気づいているのだろうか。

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