第466話 正しい意志の表出

 ああ、マズい。

 グランビルを見ながら僕は肌が粟立つのを止められなかった。

 この場に居並ぶ全員が超人的な戦闘能力の持ち主だとして、その力はきちんと武器を持って鎧を着こみ、はじめて十全に発揮される。

 僕のように魔法を使う者は手ぶらでも攻撃力が変わらないものの、前衛をつとめてくれる仲間がいなければやはり裸同然となる。

 あるいは万全の態勢であろうとこの中で一番強いとされるグランビルを相手に、誰が丸腰で立ち向かうだろうか。

 ただ、完全武装で現れる。それだけで主導権をグランビルに奪われてしまった。

 

「遅れたか、と聞いたぞ」


 圧の乗った言葉が僕に向けて発せられる。

 動揺してはいけない。一気に付け込まれる。


「日没にはまだ少しあります。参集御苦労でした。どうぞ座ってください」


 一番奥の席に僕が陣取っており、唯一の空いた椅子は対面の席だった。

 グランビルはニヤリと笑うと首を振る。


「幸いに足腰は丈夫なのでね、椅子は無用だ。立ったまま話を聞かせて貰おう」

 

 ああ、面倒くさい。

 僕は萎れそうになる心を奮い立たせて言葉を選んだ。


「御領主様よりご命令をいただきました。内容としては教授騎士の中に全員を纏める役として頭目を置けとのことです。そうして、頭目としては僕に就任の要請がなされました」


 その言葉に、居並ぶ猛者たちの目線が険悪なものになる。

  

「それはちょっと、意味が分かんないな」


 カロンロッサが表情を歪めて僕を睨む。

 

「私たちは個人でやってて、同じ肩書きを持ってたって横のつながりなんかないでしょう。頭目なんて必要ないわ。これまでもこれからも」


 他の教授騎士たちもおおよそ同意見らしく、僕に向けられた目に非難の色が混じる。


「ええ、まったくもってその通りだと僕も思います。個人としての意見ですがね」


 そもそも、僕が教授騎士の頭目に就任することを一番反対したいのは僕なのだ。

 

「ただし、重要なのがこれは御領主様の命令であるということなんです。御領主様はこの都市の危機に我々教授騎士にも都市の運営に尽力して欲しいとのことでした。具体的に言えば新設軍の教官役などです」


「バカなことを言う」


 グランビルが胸を張って発言した。

 

「我々は冒険者の育成を請け負う専門家ではないのか。結果として教え子は精鋭兵士になっていくが、そのプロセスは大勢の雑兵に対する教育と真逆のものだ」


 これもグランビルが言うことはまったく真っ当であろう。

 僕たちが普通の軍隊で教官をしたっておそらくは向いていない。

 

「とりあえず、教授騎士の組織的統一についてですが、賛成の方は立っていただいてよろしいですか?」


 僕はあえてグランビルを無視して強引に提案をしてみた。

 当然、僕は立ち上がる。しかし、他の誰も立とうとはしない。

 

「じゃ、賛成は僕とグランビルさんでいいですね」


 立ったままのグランビルは目を細めてあからさまに不機嫌な表情を浮かべていた。

 他の教授騎士たちの視線が僕とグランビルに注がれる。

 

「ふざけるのもいい加減にしないと殺すぞ、小僧」


 ほんのわずか、グランビルの右手が動き、座った教授騎士たちはいつでも退避出来るように重心を動かした。

 

「そもそも、現在の御領主代理は貴様が担ぎ上げた人だ。その者に命令を出させ、自らが教授騎士の首魁に収まろうなど戯言が過ぎるのだ」


 なるほど。そういう見方もある。

 僕がロバートを傀儡として好きに操れるのならというとんでもない前提の上でだが。

 

「経緯について云々するのはむなしいのでやめましょう。ただ教授騎士を纏める組織の設立とその代表に僕が就任することについて御領主様の命令が出たのは事実です。実のところ賛成も否認もこの場では必要なくて、皆さんに事実を通達するために集まって貰いました」


 そう。最初から彼らの意志など考慮の外にあったのだ。

 

「それ、私たちが納得すると思ってる?」


 カロンロッサが不満そうな表情で問う。

 

「今から納得してください。どうしても嫌な場合、教授騎士としての看板は下ろして貰う事になります」


 今度は別の教授騎士が口を開いた。

 ムロージというグランビル派の魔法使いである。

 

「俺たちが教授騎士を始めるのに誰の許可を取った覚えもないが、誰がなんの権限でそんな事を出来るんだね?」


「確かに、僕たちが教授騎士となったことに領主府は関係ありませんが、迷宮都市と離れて存在できる肩書きでないことは理解してください。強いて言うなら御領主と彼をいただく領主府、そうして領主府が支配するこの都市自体が、都市危急の現状に協力出来ない者を排斥しようとしているのです」


 もちろん、こんなのは口から出任せである。

 別に都市全体が意志を持っている訳ではなく、今回の件も完全にロバートの独断なのだ。

 しかし、数名はそれで考え込んだので一応は成功としていいだろう。

 

「ふん、そういう小狡い立ち回りがブラントによく似ている。さすがに師弟だ」


 グランビルは吐き捨てるように呟くと、会議用の長く重厚な机の端を掴んだ。

 そうして大して力を入れている様子でも無いのに持ち上げて見せたではないか。これを一振りされれば会議室に逃げ場はない。

 しかし、僕はどうしても訂正しておかなければ成らないことがある。


「僕の師匠はブラントさんではありません。賢者ウルエリです!」


 絶対の事実として、そこだけは譲れなかった。

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