第465話 思惑
ロバートという大怪獣が去り、僕とご主人、それと一応書いてもらったそれぞれの任命書が二枚ある。
「なんだか大変なことになりましたね」
項垂れるご主人に僕は声を掛けた。
ご主人は疲労を滲ませた息を吐き、ゆっくりとこちらに視線を送る。
「奇妙な人だ。ガルダよりよほど掴みづらい」
それはご主人とガルダの本質が商人であるゆえの共感なのだろう。
しかし、ロバートは徹頭徹尾為政者であって商人とは求める者が違う。
「しかし、もう命じられた以上は仕方がない。俺は商店会連合内の意思統一をはかるよ。オマエは教授騎士を纏めるんだろう?」
「ええ。簡単にいけばいいんですけどね」
商店会連合は既に存在する利益調整団体である。
各人の損得が存在する以上、皆が笑って終わることは難しいが、それでも損を飲ませて黙らせる手腕さえあれば文句を出さないことは可能であろう。
問題は教授騎士の方だ。
教授騎士は自然発生的に登場した単なる制度であり、冒険者組合が認定などをしているものの、統括する組織が存在しない。
それも全員が戦闘の熟練者で、各々が親方なのだ。
絶対に譲れない主張がぶつかるとき、行われるのは利益の調整ではなく殺し合いである。
もちろん、そんなことは滅多にない。そもそも教授騎士は生徒から依頼を受けて仕事をする関係上、各々が関わり合うこと自体が少なかったのだから。
しかし、彼らを統一しようとすれば絶対に衝突が起こる。最初に起こるのは僕とその他の教授騎士たちの衝突だ。
どれもこれも一筋縄ではいかない面々を思い浮かべながら、僕はため息を吐くのだった。
※
ご主人に南方貿易の件と、相互協力の約束を取り交わして僕はすぐに行動を始めた。
狙われるのなら狙った方がいいし、行動を起こすなら先の方がいい。
領主府の会議室には参集した教授騎士たちが十一名、並んでいた。
「ええ、至急の呼び出しにも関わらずお越しくださいましてありがとうございます」
僕は出来るだけ溌剌とした声を張り上げた。
もちろん、彼らは僕が呼びかけたから集まったのではない。
領主府には住民を呼び出す為に召喚状を配布する役人がおり、これによって登城命令を受けた者はあらゆる都合に優先して領主府に向かわなければ領主権への反抗とみなされるのだ。
本来は領主か上級役人のみに許される召喚状の使用を、今回僕は特例的に使用した。発信者名は僕とロバートの連名である。
教授騎士の活動は自粛中であったため、幸いにも全員に召喚状を渡せたと配布役人から報告を受けた。その後間もなくして彼らは続々とやって来た。
各々しっかりとした礼服を着ていて、たしかブラントがそんなマナーを説いたなと思い出す。同時に、仕事着でもいいと言われた気もするので、居並ぶ中で僕が群を抜いてみすぼらしい格好をしていることは気にしないことにした。
「まだグランビルが来てないけど」
カロンロッサが声を上げる。
彼女は華やかな飾りのついた礼服を着ており、胸には銀の飾りがぶら下がっていた。
「参集期限は日没まで。つまり間もなくです。自宅で召喚状を受け取ったはずなので、今になっても来ないということはそもそも来る気がないのでしょう」
なお、グランビルの私邸は上流市民が住まう一角にあり、領主府までの距離は最も近い。
他の面々が教え子の起居するスペースを確保するため郊外に大き目の屋敷を構えていることを鑑みれば、矜持の塊のような人間だということがわかる。
その矜持が邪魔をして、僕ごときが名を連ねる召喚状に従うことが出来ないのだ。
しかし、それは同時にもう一人の署名者であるロバートに逆らうことを意味する。
だからこそ、程度の差はあれ誇り高い教授騎士たちが姿を現した。
このまま日が沈めばグランビルは欠席。私権の制限による財産没収などの処分を受け、同時に冒険者の資格停止がなされ、関連して教授騎士の身分が剥奪される。
そうなればグランビルのことは今後、僕の知るところではない。
王者としてのロバートが反逆者を許すこともないだろうから、粛々と処分されることだろう。
グランビル派の四名が顔を見合わせているが、グランビルがいなくなれば彼らのことは上手く処理できるはずだ。
と、会議室の扉が開けられた。
「悪い、遅れたか。しかし私は一番に来ていたのだ。ただ、衛兵が通してくれなかっただけで」
入室してきた者の姿を見て全員が息を飲む。
教授騎士“剛腕”のグランビルはあだ名を表すように制止する数名の衛兵を意に介さず引き摺っていた。
驚いたのは来ないと思ったグランビルが来たことではない。引き留める衛兵を無視していることでもない。その身に完全な戦闘用の装束を纏っていたからだ。
腰には黒剣と呼ばれる両刃の直剣を帯び、黒炭を溶かして塗り固めたような妙な材質の鎧を着こんでいる。
兜だけは小脇に抱えているものの、鎧と同じく漆黒の髪は長く、流していた。
“剛腕”のグランビル。またの名を“黒騎士”グランビル。
大柄で、目つきの鋭い猛女である。
僕の鑑定眼には彼女の身に着けるすべての装備品から、禍々しい呪いの匂いが感じられるのだった。
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