第455話 教授騎士Ⅳ

 都市の外縁部に緑の溢れた広い庭を持つ家が建っていた。

 僕は地上に戻ってギーと別れると、サンサネラと合流しここまでやってきたのだ。

 

「いまどき、まだ庭木を残しているなんて余裕があるもんだねぇ」


 サンサネラは高い枝に触れようとして、手を引っ込める。

 

「なるほど。盗伐の見張りも要らないわけだ。罠が仕掛けてあるよ」


 どこにどういう罠があるのか、目を凝らしてもさっぱりわからなかったが、サンサネラがニヤリと笑って言うので確かなのだろう。

 

「おとなしく道を歩こう。僕たちは招かれて来た客じゃないしさ」


 僕は木々の合間に敷かれた石畳を歩く。

 まかり間違って踏み外せば、何らかの問題が起こるかもしれない。そう思えば地面を歩いているのに高所を渡っている気にさせられる。


「なんの御用でしょうか?」


 ヌッと現れた大男が慇懃に、僕たちを呼び止めた。

 

「カロンロッサさんに用があってきました。御在宅でしょうか?」


 僕もできるだけ丁寧に用件を告げる。

 

「ご主人様はただいま休養中でございます。来客に会うつもりはないとおっしゃっておりますので御用向きは私がうかがいますが」


 大男は申し訳なさそうに言い、頭を掻いた。

 僕はサンサネラと目を見合わせる。

 そこまでするほど大した要件ではないのだ。

 

「じゃあ、あの一応ですけども教授騎士の『魔物使い』が訪ねてきたとお伝え願えますか。また休養が明けたらお伺いしますと」


 他にもやることはたくさんあり、訪ねるべき人は大勢いる。

 

「待ちなさい」


 帰ろうと踵を返した僕たちを囁くような、しかしよく響く声が呼び止めた。

 振り向くと、大男の向こうに小柄な影が立っている。

 足首まで隠すような丈の長いスカートを履き、同じく手首まで隠すシャツを着た三十がらみの女性である。

 肩までの長さで整えられた栗色の髪が広葉を通して届く日光にきらめいていた。


「や、久しぶりだ」


「カロンロッサさんも、ご無沙汰しています」


 僕はかしこまって丁寧に頭を下げた。

 最後に顔を合わせたのは教授騎士の寄り合いだったろうが、それもブラントがいた頃なので少し前だ。

 彼女はこの都市で冒険者を達人まで育成することで金を稼ぐ教授騎士の一人だった。

 

「さすがに『魔物使い』なんて名乗っているだけあるね。立派な黒猫を連れている」


 カロンロッサは笑うのだけど、別に僕が自分から名乗りはじめたわけではない。

 遥か彼方の戦場でふざけ半分につけられた呼称がいつの間にかこの都市にも伝わっただけだ。

 

「どうも、カロンロッサさん。事前に聞いていたとおりお美しい方だ」


 サンサネラがムニャムニャとしながらお世辞を言った。

 カロンロッサも気をよくしたらしく嬉しそうに笑う。

 美醜はおいておいて、カロンロッサは小柄な女性だ。手足は細く、胸も薄い。

 およそ前衛には不向きなその肉体は、それもそのはずで彼女の職能は手先の器用さにすべてをかける盗賊なのだ。

 

「ところでカロンロッサさん、そいつは何だい?」


 サンサネラの指が、カロンロッサの抱える四角い箱に向けられた。

 木製の両手で抱えるほどの箱は大きさの割に軽そうだった。


「罠だよ。地面に埋めといて、通り過ぎる者の足を取るの。最近は妙にハエが沸いてるなぁ、と思っていたんだけど中に足が詰まっててさ。忙しくて管理もしてなかったから久しぶりに点検して回っているんだよ」


 カロンロッサは楽しそうに説明し、箱の上側をこちらに向ける。

 中がちらりと見え、白い骨らしきものと黒ずんだ何かが入っているのが分かった。


「仕掛けた場所がいいんだね。中身の足も三つだよ。罠のことについては家令のマグニフィコに任せるわけにはいかないからさ、今回の休暇はいい機会だった」


 おそらくマグニフィコというらしい大男は無表情でぺこりと頭を下げる。

 しかし、そう彼女は休暇中なのだ。というよりも教授騎士のほとんど全員が今回の政変に伴って自主的に謹慎をしていた。

 ブラントの革命軍には多かれ少なかれ皆、教え子を取られてしまったのだ。

 まして、ブラント自身が教授騎士であって、下手をすれば同類と見られかねない。

 取り残された教授騎士たちとしては、反乱分子を育成していたと領主府に睨まれないよう潮目が変わるまでは息を殺して待つハメになったのである。

 

「カロンロッサさん、お休みのところ申し訳ないんですけど誰か腕の立つ盗賊を紹介してもらえませんか?」


 僕の頼みにカロンロッサは目をパチクリとして箱をマグニフィコに渡した。

 腰に手を当てて胸を反らせると、細い目がさらに削られる。

 非力そうな外見の、事実非力な女性だが口に浮いた薄笑いと合わせて妙な雰囲気を纏う。


「なあ少年。この都市は今、アンタらブラント一門のせいで大事になっているんじゃなかったかな。アタシもそれくらいは知ってんだよね」


 ブラント一門と表現されれば確かにそうなので言い返すのは難しい。

 内実としては最初から最後まで助手扱いで彼の弟子ではなかったし、決起した反乱軍に所属意識などないのだけれど、外部から見ればどれも一緒である。

 その揉め事を起こした連中の一員がのこのこと訪ねてきて何か頼みごとをしてくればこんな態度にもなろうというものだ。

 

「んなぁ、カロンロッサさん待っておくれよ。アッシはこの人個人の舎弟みたいなもんだけどね、悪気はないのさ。アッシらにもそれなりに事情があってアンタを頼ってきた。その手を払い除けるのは勝手だが、説教は勘弁しておくれよ」


 前に出てきたサンサネラにも怯まず、鋭い視線をサンサネラにも向ける。

 

「だいたいね、盗賊を探してアタシのところに来るのが間違ってるの。盗賊はアタシ自身。そうしてパーティに盗賊二人は並べられない以上、アタシのところで盗賊の育成は行えないの」


 言われてみれば確かにそうだ。

 魔法使いを二人でも、僧侶を二人でも、戦士が四人でもいいのだけど盗賊が二人は聞いたことがない。僕自身が魔法使いだからそんなことを考えたこともなかった。

 

「ま、アンタ個人が悪いとまではアタシも言わないわ。諸々、調整役として肝を煎ってくれていることも知ってるから。一応は」


 カロンロッサは大きな鼻息を吐いて近くの木箱に座った。


「話を聞こうか。場合によってはアタシが手を貸してやってもいいよ。どうせ暇だしね」


 面倒見のいいカロンロッサが手を貸してくれるのならこれ以上のことはない。

 僕は彼女の機嫌を損ねないように言葉の順番を探るのだった。

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