第454話 石突

「なにもかも足りないのダナ」


 僕のグチを聞いていたギーが口を開いた。

 まったく身も蓋もない表現だけど、的確な指摘である。


「困っている人だけは大勢いるんだけどね」


 それに水と空気くらいは十分にあることをせめて喜ぶべきなのだろうか。

 僕は頭を掻いて苦笑した。

 岩に座ったギーは槍を自らの肩に立てかけて腕を組む。

 尻尾の先がベチベチと地面を叩いている。

 

「ギーの生活は今のところ困っていなイガ、影響も出るのだろウナ」


 仮にも大商人たるご主人のお屋敷の住民である。

 ギーが生活に困窮する頃には、全てがもうどうしようもなくなっているのではないだろうか。


「リザードマンの新たな戦士たちも買い物がままならなくて困っていルヨ」


 ボヤくようにギーは呟く。

 領主府との取引により彼女が所属する一族は都市内に詰め所を持つことに成功した。

 ここのところ、ギーのもっぱらの仕事は新人リザードマン連中の育成らしく三人のリザードマンを冒険者として育てている。

 

「ギーのところは、それでも順調なんでしょう?」


 ギーの時がそうであったように、パーティの穴を進んで埋めてくれる冒険者は出てこないらしい。

 それでも最低限の物資については領主府から保証されているし、リザードマンの宿舎には領主府から派遣された世話役も着けられていると聞くので彼らが飢えて死ぬことはないだろう。

 なんせ、ギーの祖国と行われる南方貿易は食料や物資の大きな拠り所となっているのだ。

 問題を起こして取引停止されると困るのは圧倒的にこちらである。

 運ばれてくる食材自体はこの辺りでは見慣れない物が多く、食べ慣れない食材に辟易する人も多いし青臭いが、腹が膨れるし毒が入っているわけではないので、僕はそれなりに食べている。

 だが、リザードマンの国との間を隊商がいくら往復したとしても距離の問題で荷物の大部分は雑穀類か乾物である。

 重量のある木材類は運んで来られない。

 せめて十分な木材か塩、それに食料が手には入らないと手詰まりなのだ。

 僕はうなだれてため息を吐く。


「食料はおそラク、増やせルゾ」


「え?」


 僕は顔を上げてギーを見つめた。


「ギーの故郷は迷宮産の武器をありがたガル。自ら使う者もいルシ、それを周辺部族との交易に使う事もアル。武器と引き替えならもっと隊商が押し寄せるだロウ」


 ふむ、なるほど。

 物流が活発になれば、それだけで都市は呼吸が着ける。

 木材の搬入も、それぞれが少しずつだとしても回数が多くなればそれなりの量を当て込めるだろう。

 

「もちろん正しい鑑定書が着いた上でだガナ。鑑定手数料が掛かるから相当な元手がいルゾ」


 確かに、迷宮産の武器や防具は性能がピンキリである。

 それどころか、呪いの掛けられたものまであるのだ。

 下手なものを渡すことはできない。

 冒険者たちによって迷宮から持ち帰られた武具はコートンおじさんの通称『ボッタクリ商店』で鑑定を受け、冒険者が自ら使えるものなら各々が使用をし、そうでなければその場で売り払っていた。

 コートンおじさんは買い取った武具の一部を商品棚に置いて販売していたが、棚に載り切れる分が持ち込まれた全量であるはずもない。

 その他はどこへ流れていったものだろうか。

 ともかく、同じことが出来るのなら同じことをすればいい。


「鑑定は僕が出来る。鑑定書も、僕が責任を持って書くよ。うん、なるほど。参考になったよギー」


 もちろん、コートンおじさんからすればみすみす利益を分ける形となるのでいい顔はしてくれないだろうけど、ウル師匠の義父であるのだから可能な限り穏便に話を付けて納得して貰いたい。

 なにせ都市の存亡も掛かっているし、当面のあいだだけと期限を切って武器を集めるのだ。いざとなればロバートを動かしてでも。

 まずは自分で集めるのが筋でもあるから、当面は迷宮を歩き回るか。

 不意に見つけた迷宮行の免罪符に僕は知らず笑っていた。

 盗賊が必要だ。

 頭の中で知り合いの盗賊を何人か浮かべる。

 

「ギーとしテハ」


 思考に沈む僕をギーの言葉が呼び戻した。


「すぐにでも故郷にメリアとオマエを連れて帰りたイシ、迷宮にオマエを喰われない為にもそれが一番だと思っていルゾ」


 ギーの手先が槍の竿を弄び、石突きでトントンと音を立てる。


「どこかで線を引ケ。なにもかもは救えないノダ」


 トントンという音は苛立たしさを内包しているように聞こえた。

 彼女の心配や苛立ちが僕のせいなのはわかっている。心配してくれる彼女を安心させてあげることが全くできていないのだ。

 でも、こればかりはおいそれと譲れない。


「ありがとう。確かにすべてを救える程、僕は万能じゃない。でも、だからといって指を咥えて傍観していられる程にはもうひ弱じゃないんだ」


 メリアの本当の兄だって、テリオフレフだって、あの場にいた『恵みの果実教会』の人々だってもう取り返しは着かない。

 でも、メリアの様に、連れ帰った子供たちの様に家族になることが出来た者もあの中には大勢いたはずだ。

 

「……誇りは大事ダ。それはわかってイル」


 続く言葉が探せないのか、ギーはパクパクと口を動かした。


「本当にどうしようもなくなったら、案内を頼むよ。大勢で押しかけることになるから、そうなったら僕たちが難民だね」


 言いながら僕は笑っていた。

 愛してくれる人が何人もいるというのはとても光栄で心強い。

 心からそう思った。

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