第456話 好き者たち
カロンロッサを端的に表現すれば『罠愛好家』である。
彼女は戦闘が終わればズイと進み出て宝箱に掛かった罠を解除していく。
「なるほど、さすがだねぇ」
罠解除の手際を見ながらサンサネラが唸った。
しかし、同じものを見ていても僕は何がなんだかわからない。
「まだ、階層の浅いうちは素直なものよ。深く潜ればそりゃ、根性が腐ったような仕掛けがガチガチと噛みついてくるんだから」
ふふふ、と笑いながらカロンロッサは罠を解除したらしい箱の蓋を開けた。
中から手袋が一つ。カロンロッサが僕に投げたので、受け取って鑑定をすると、わずかに魔力を帯びているが能力的にはほとんど普通の手袋であることがわかる。
「そう思うなら先に行こうぜ。いつまで経っても進みやしないよ」
分厚い金属の鎧を着込んだ戦士がボヤくように言った。
今回の前衛をつとめる、戦士のディドである。
大柄なディドは長柄の片手斧を得物とする熟練の戦士であり、教授騎士の一人でもあった。
「うるさいよ、ディド。そこに罠があるのなら開けるのが私たち盗賊の仕事であり、快感なんだ。邪魔をするような無粋なことを言うなよ」
カロンロッサに言われてディドは片目を瞑った。
今回、カロンロッサの誘いにヒマだからという理由で応じたディドはどうやらカロンロッサと同じ師の元で経験を積んだ、いわば同門の間柄であるらしい。
「それならなおさら、もっと下へいこうや。ここはまだ四階だぞ」
ディドもディドで手応えを求めているのだ。彼に掛かればこの辺りの敵は弱すぎる。
事実、先ほども熊との戦闘において彼は草でも払うように熊たちを打ち倒していた。
速く、強く、的確な動きをする。熟練の戦士とはこのような男のことをいうのだろう。
一方、無言でうつむいているのはベリコガであった。
快活なカロンロッサやディドと比べればベッタリと重たい雰囲気を纏っている。
しかし、腕前の方は以前よりむしろ研ぎ澄まされているようで、動き自体はサンサネラやディドにも劣るものではない。
その他、後衛にディドの教え子である男性僧侶のクロアートを加えて今回のパーティとなる。
細身で緑がかった髪と、同量くらいの白髪を後ろに束ねたクロアートは『東部書簡連盟』なる団体に所属する宗教家であるらしいが、既に達人級の認定を受けており腕前はディドが保証していた。
どうも、彼の教団について聞いたことはなかったのだけれど粗食や質素な生活を旨とするらしく、目ばかりがギラギラと光って妙な凄みを漂わせている。
「私もディド先生に賛成です。どうせ時間を捧げるのであればより、おぞましい場所へ行きましょう」
クロアートとは面識がなかったのだけれど、挨拶代わりに彼が打った演説によれば死の近くに佇めば佇むほどに大いなる聖霊に近づけるのだという。
それも、苛烈な生き死にの場であればあるほどよく彼の同僚の多くは従軍僧侶として戦場で修行を積むらしい。
確かにそれを目的とするのならこの迷宮よりも適した場所は少なかろう。
なんせ、ここでは基本的には命の奪い合いを延々と繰り返すのだ。
「わかった、わかった。出来るだけね。まあ宝箱を見かけたら絶対に開けるけど」
カロンロッサの回答にクロアートは頷いた。
青く残る髭の剃りあとが妙に歪んで、いったいどういう感情を現したものか。
クロアートは首に掛けた小袋を首から引っ張り出すと、中から親指の先ほどの黒い紙片を取り出す。
なんだか白い粉が付着したそれを口に入れるとクロアートは深い息を吐いた。
「あ! バカやろう、まだ四階だぞ」
距離が離れていたためにそれを止め損ねたらしいディドは延ばした手を中空で漂わせる。
「クロアートさん、それはなんです?」
僕の問いクロアートは「ああ」とだけ反応した。
回答と言うよりも、なにか呻くような、感嘆のような言葉だった。
「ありゃ、瞳孔が震えているが大丈夫かい?」
サンサネラが目を細めながら首を傾げる。
確かにクロアートの状況は尋常ではない。
視線は定まらず、唇は細かく震え、表情はだらしなく緩んでいる。
それでもその手はいそいそと小袋を首から胸の中に納められた。
「言葉なんか聞こえちゃない。なに、すぐに帰ってくるから少し待ってやってくれよ」
ディドの言葉は心なしか申し訳なさそうだった。
と、罠用の道具を鞄に納めたカロンロッサが口を開く。
「なんだディド、まだその薬を止めさせてなかったのか?」
「こいつはもう一生、薬を手放せないよ。臆病者なんだ」
ディドが吐き捨てる様に言うと、頭を掻いた。
クロアートは目を一層に見開き、全身を振るわせながら幽鬼の様だった。
「薬って、何です?」
僕はクロアートから距離をとってディドに訊ねた。
たとえば病気や毒への効果を目的に服用されたものではないのは確実である。
「こいつの所属する『東部書簡連盟』っていうのは、小規模な同系統宗教組織の連合体だが、実際にクロアートが帰依しているのはその中でも異端の『礎の旅人』という宗派だ。さっきこいつが言ったとおり、戦場やこんな迷宮に立ち入って死地を歩くことを修行とする。が、誰も彼もが剛胆な訳ではない。修行はしたいが恐ろしい。そういう奴の為に出てくるのがさっきの紙切れ。実際はなんかの葉っぱを秘伝の技術で加工したものらしいが……」
「ふぅ、お待たせしました。行きましょうか」
突然、クロアートが喋り出した。
額には汗の玉が大量に浮いて、呼吸も荒い。しかし、生気は戻って来たようでギラギラと光る眼孔は力強さを増していた。
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