第429話 青写真

 役人たちはさっさと都市に戻って行き、取り残された僕と難民たちはとぼとぼと都市へと戻る。

 平地の歩行も疲労に喘ぐ彼らと雑談に花を咲かせるのも悪いので、ほとんど会話らしい会話も無いまま、無言の行進となった。

 と、都市の前に数個の人影が立っており、こちらに手を振っていた。

 

「どうしましたか」

 

 僕は一党に声を掛けた。

 難民たちが不安がるといけないので出来るだけ朗らかに。

 しかし、帰ってきた返事はそんな気遣いをぶちこわすものだった。


「難民については取り調べの上、隔離する事に決まった。従って貰おう」


 きけば彼らは下級役人の集団らしく、僕からの質問に嫌そうに答えてくれた。

 どうも領主府の幹部連中はクォンたちを北方へ送り出すと同時に難民にも警戒を抱いているらしい。

 ただでさえ物資不足のところへ大量の難民がなだれ込めば都市住民を巻き込んでの飢饉が発生するかもしれない。

 難民の中には反乱軍やその他、都市の独立性を侵そうと企む組織からの工作員が混ざるかもしれない。

 困窮する連中を受け入れれば治安が悪化するかもしれない。

 仮に、北方難民を保護する政策を敷いた場合も、それを目当てに非北方系の食い詰め者が大挙してやってくるかもしれない。

 だから、難民は厳重に取り調べを行った後に、しかるべき居住区に隔離せねばならぬ。

 そんな事を言い並べて結局は難民を受け入れたくないのだ。

 僕はため息を吐いた。

 しかし、文句をこの下級役人に言っても無駄なことはわかっている。


「よし、わかりました。取り調べを領主府でやろうというのなら、僕もついて行きましょう」


 乗りかかった船だ。

 せっかくなら船の行き先を都合のいい方に向けるくらいはしてやらねばやってられない。


 ※


 幸い、というべきか不幸にして、というべきか、領主府にはロバートが滞在していた。

 良くも悪くも前のめりで責任感の強い男なので、仕事はたくさんあるのだろう。

 僕が頼むと、二つ返事で上級役人を集めた幹部会議を開いてくれた。在庁している連中は全員出席するらしい。

 領主府の豪奢な会議室にはテーブルが置かれ、上座にロバートが。最も下の席が僕の席らしく、腰を下ろして会議のメンバーを迎えた。

 

「難民の取り扱いについて、俺のところには話が来ていない。これについて、事前に気にしておまえたちに尋ねなかった俺の怠慢だ。しかしながら、第一陣の難民が到達したと言うことで、改めて彼らへの対応を尋ねたい」


 堂々としたロバートの宣言で会議は始まったが、居並ぶ上級役人たちは一様に視線を落としてロバートの方を向かない。

 彼らの処世術なのかも知れないが、誰がこの件の責任者なのかもよくわからなかった。

 

「すみません。冒険者のアです。妻が北方出身ということもあり、北方からの難民には関心を寄せています。今日、難民の第一陣を迎えたところ、都市の入り口で尋問の上、隔離ということを説明されました。これについて、撤回をお願いしたくて参りました」


 僕は出来るだけお上品に、丁寧に言葉を編んだ。

 権力者を怒らせて得なことはないし、へりくだるだけなら元手もかからない。

 しかし、誰も口を開かずに、場は沈黙につつまれた。

 たっぷり一呼吸分の時間が経った頃、ロバートがため息とともに言葉を発した。


「知っての通り、彼は俺の推薦者でもあり、友人でもある。誠実な回答を期待する」


 彼らには彼らの儀式があるのだろう。その段取りを踏んで、ようやく役人たちは口を開き始めた。


「都市住民の生活が困窮している状況で、おいそれと人口流入を認める訳にはいかない」


 すると、その言葉にロバートも頷いた。

 豪華な椅子に深く腰掛け、その目つきは在野にいるときとはまるで違う光をたたえている。


「確かにその通りだ。現状、加工業などに人手不足が発生しているとはいえ、そもそもこの都市は大消費地だ。流入する物資が容易に増やせない以上、人が増えりゃあ、全員が飢えることになる。かといって、同じ王国の民である難民を粗末に扱うのも風が悪い。だから難民は通常の市民とは徹底的に隔離し、最低限の物資のみを与えて管理する。うん、悪くない。実に真っ当だ。必要な措置に思えるな」


「ええと、まずロバートさん」


 僕はとりあえずロバートの名前を呼んだ。

 他の上級役人に対する牽制で、彼と僕がいかに親しいのかを示さねば、彼らはそもそも僕の意見を取るに足らないものとして無視してしまうだろう。

 僕がロバートに対して持つ感情の内で一番大きいものが疎ましさであるのはこの際、秘密だ。


「それにお集まりいただいた閣下がた。おっしゃることはもっともであると思います。しかしながら、難民を単に囲って最低限とはいえ養うのであれば、それは結局消費者を増やすだけです。それなら、いっそのこと一般の市民と同様に市街地に住まわせ、賃金労働に従事させるのがいいのではないかと愚考しております。そうすれば彼らは消費者でありながら生産者足りえ、少なくとも加工労働者や運送業者の人手不足については解消されます」


「浅知恵だ」


 役人の一人が低い声で唸る。声の主は白い髪を短く刈り込んだ、老人だった。


「難民として都市に流入する連中がすべて善人であると、どうして思う。一度、追い詰められた連中だ。野放しにすれば市民を傷つけ、物を奪うのはないかね?」


 それは非常に真っ当な心配である。

 一度に大勢の流入者があれば、元の集団は変質を迫られる。

 だけど、まあ結局は程度の問題ともいえる。

 この都市は元から人口を集めて膨張し続けているのだ。

 さらに言えば、旧来の住民が新規流入者を傷つける可能性がよほど高い。

 生活基盤がある分、新規流入者よりも強いのだ。

 が、そういうのをある程度、少なくとも新規流入者だけで徒党を組んだり、食い物にされたり、というのを避ける為にはそもそも色分けしない方がいい。

 

「もちろん、個別の犯罪は厳しく取り締まるべきです。住民だろうが難民だろうが。それは当然として、難民だからという理由で拘束などの罰を受けさせるのは理不尽ですし、難民側の理解は絶対に得られないでしょう」


「私たちは元々、この都市の住民のために働いているのだ。難民の理解など不要だ」


 まったくもって、ご立派な矜持である。

 言わんとすることも理解できる。


「もちろん、そういう正義もあるでしょう。ただ、現実問題としてどの程度の難民を管理できるのか。とりあえずやってきた三十名はそれでいいとして、千人なら。あるいは一万人なら。北方地方は比較的人口密度が少ないとは聞きますが、場合によれば十万人が戦火を避けてこちらへ逃げてきてもおかしくない。都合のいい人数しか来ないことはあり得ず、その場合に一定数以上は流入を断るなどの措置を行いますか?」


「そいつはダメだ。受け入れを停止すると火の粉が近隣に散らばることになる」


 ロバートが断言し、役人は渋い表情を浮かべた。

 

「なにより、北方の前線が崩壊したということは近いうち、この東方領が前線になる。そうなると、主力は異民族に対して極めて高い戦意を期待できる彼らに務めて貰わねばならん」


 ロバートは自らの顎を撫でると、席を蹴って立ち上がる。

 

「今、この都市には様々な物が不足している。使える物を遊ばせておく余裕もない。いいか、これはここにいる全員の課題だ。今まで、存在しなかった東方領軍を新しく組織しろ。もちろん、必要だからだ。そのためにそれを養えるように都市経済を発展させろ。これも必要事項だ。そうして、そのために流通の確保と近隣農村の発展も欠かせない。どれも難題だが、諸君になら出来ると期待している。わかったら、粉骨砕身頑張れ。ただし、無理だと思えば早めに言ってくれよ。幸いにも、俺は君たちの首をすげ替えるのになんの痛痒も感じない」


 そう言い残して、もう十分だとばかりに会議室を出て行った。

 上級役人と取り残された僕は目を見開いて役人たちと視線を交わす。

 元から、一人でも彼らとやり合うつもりだったから、この状況で放置されたのはかまわない。

 しかし、状況的に『期待される諸君』というのに僕は入っていまいか。

 少しだけ嫌な予感がしながら、僕は役人たちと本格的調整のため、やりとりをかわすのだった。

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