第428話 非戦闘員

 ガルダ商会の用心棒たちはその多くが上級冒険者上がりである。

 その内でも最精鋭の連中はガルダとともに死んだらしいが、生き残っている連中もなかなかの腕利きたちだ。

 流石に手際がいい。

 武装した農民崩れか盗賊団の様な連中をあっさりと壊滅させて追い払った。


「ありがとう」


 用心棒頭のクォンという男に僕は礼を言った。

 ガルダが東方貿易から拾ってきたという、目端の利く男で職能は盗賊らしい。

 

「いや、いいんすよ」

 

 クォンはにこやかに言うのだけど、褐色の肌と緩く波打った黒髪の容貌に浮かぶ真っ黒い目には妙な凄みをたたえていた。

 

「ま、俺らも暇だし、あいつ等は目障りだし」


 クォンの差した指の先では足を切りとばされ、這いつくばった敗残兵が顔を真っ青にして呻いている。

 それは一種の乱妨取りで、人攫いの群れだった。

 北方からの難民を襲い商品にしようと目論んだならず者はどこにでもいる。

 そうして、戦利品を抱えて移動しているところをこちらが攻撃したのだ。

 

「じゃ、俺らはもう少し北上して様子を見ます。あとよろしくっす」

 

「うん。危なくなったら逃げてくれたらいいよ」


 クォンが告げ、僕も頷いて返す。

 最大で三十名ほどいたというガルダ商会の腕利き用心棒たちはガルダの死を境に、他の商会への移籍や都市からの脱出で離脱する者が出始め、現在はクォンを含めて十一名しかいない。


「金貰うんでね、まあやれるだけはやりますよ」


 クォンはそう言い残すと、部下を纏めて北に向けて去っていった。

 都市から北方領まで多少の小道は存在するが、主な街道は一つしかない。

 それを北上し、領境付近で待ち伏せ、南下しようとする勢力の見張りをするのだ。

 今回の様な小規模な武装勢力なら叩き、どうしようもなければ可能な限り遅滞行動を展開しつつ報告に走る。それが領主府からの依頼だった。

 もちろん、額面通りの依頼内容ではあるものの、同時に首領を欠いた戦闘集団を警戒したり、彼らを陪臣として抱えるラタトル商会を疎ましく思う連中の策略もあったものと思われる。

 もしかすると、ガルダ亡き後の資産を奪い合うのに彼らが邪魔だと思った者の手管かもしれない。

 それを知っていながらクォンは部下を引き連れて去ったのだ。

 泥沼にいるよりも呼吸もしやすいでしょう。都市を出立する際、そんな事をクォンは呟いていた。

 さて、混沌に渦巻かれ、困窮にさいなまれた都市に残るか、多くの物を捨てて去るかは僕も考えなければならない。

 しかし、先にやるべき事もたくさんある。

 

「では、皆さんを解放します!」


 蹴散らされた盗賊たちの荷物に向けて僕は語りかけた。

 彼らは、北方領から安寧を求めて南下してきた民衆であり、早い話が難民である。

 三十名ほど、四個の家族からなる難民団は都市まで丘一つ離れた場所で襲撃を受けたのだ。そこから上手く逃げ出した者が都市にたどり着き、領主府に救援を願い出たため、僕が出張ってきた。

 ちょうど出立しようとしていたクォンたちの助力を得られたのは幸運だった。


「それでは閣下、おひとつどうぞ」


 戦闘が終わったのを確認し終えてから、部下に囲まれながら丘を下ってきた男に登壇を促して、僕は後ろにさがる。

 男は以前、僕を取り調べた事のある上級役人だった。

 反乱以前は都市の治安維持を預かる部署の責任者だったが、反乱に多くの部下が荷担していたことから、責任を問われて現在は別の部局に封ぜられている。

 その彼が僕に対して出動要請を出したのは、他に手駒を揃えていなかったからだろう。

 

「ええ、落ち着いて聴きなさい。私は奴隷管理局長のセアイブルだ。我が王国では原則として西方領域に生息する蛮族か、あるいは捕虜となった新西方領民。または他国からもたらされた者を除き奴隷とすることが禁止されている。君たちはいずれとも異なるのだから奴隷とはならないので心配は無用である」


 まさしく西方領域に生息する蛮族だった僕は王国の法に従って奴隷となり、奴隷管理局を恐ろしく思っていたものであるが、難民たちはその言葉で胸をなで下ろしたらしい。

 セアイブルは部下に命じると、難民たちを拘束している縄を切って回らせた。

 しかし、これで終わりならば人助けも楽な商売である。

 この先、彼らを都市に送り届けたら自活出来るようになるまで誰かが見届けてやらなければ、結局彼らは野垂れ死ぬか、夜盗の側に回るだろう。

 または、王国法の例外にある『ただし、自らを金銭と引き替えに奴隷とすることは妨げない』の一文を適用して、自身を担保に金を借りて、結局奴隷になるのがオチか。

 もちろん、領主府はそんなところまで面倒を見てくれるほど優しくはないので、善意を振りかざす誰か、とは市民の内の誰かである。

 この場合は僕だ。

 よほど怖かったのか、縄を解かれるなり死にかけた盗賊を取り囲んで踏みつけている難民たちに僕は声を掛けた。

 

「皆さん、金は持っていますか?」


 彼らは盗賊を蹴る足を止めて、こちらを振り返る。

 その顔には嫌な表情が浮かんでいた。

 一団のリーダーなのだろう。四十絡みの男が代表して口を開く。


「持っていない。殆ど着の身着のままで逃げてきたんだ」


 見たままの印象と大差ない回答である。

 しかし、旅には旅に向いた服装、必要な荷物というものがあるのだ。

 それを持たず来たということは大変な旅路だったことが偲ばれる。

 おそらく、夜は身を寄せ合って寒さを凌ぎ、食料は野山で取り、途中の村で分けて貰うか盗むかしてやってきたはずだ。

 

「なるほど。皆さんは大きな都市ならどうにかなる、と逃げて来たんでしょうが、残念ながらこの街も内情は火の車で、物資の不足に喘いでいます。特に金の無い者の生活は苦しいものになるでしょう。そこで僕に任せていただければ、粗末ながら寝床と食事くらいは用意しましょう。仕事も、なにか探します」


 彼らは疑いの混ざった瞳で僕を見ていた。

 過酷な旅と、おまけに襲撃は人間を不信になるのに十分だったのだろう。

 だけど、僕だって一応の役割というものがあるのだ。


「申し遅れました。僕は都市で奴隷反対運動をする組織で役員を務めています」


 あまりにシックリこない自己紹介。

 そのお題目故に奴隷管理局とは高度に大人的な付き合いが必要とされ、今回はそのせいでセアイブルの命令を聞くはめになっていた。

 僕に役割を押しつけた男が、かつてはその手の政治を一手に担っていたのだけど、彼は既に死んでしまっていて、僕の手には責務だけが残っているのだった。

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