第430話 姉妹

 都市を発展させろという曖昧な命令はいったい、どうすれば果たされるのか。

 僕なんかは具体案の一つも出ないのだけど、流石に上級役人の連中はアイデアを並べて議論し始めた。

 横で聞いていても内容がよくわからず、難民を引き連れて帰っていいか問うと、もはや邪魔なだけの僕に彼らは勝手に帰れというので、僕は難民を引き連れて家に戻ったのだった。


「へぇ、それでどうするの?」


 ルガムは呆れたような表情で僕を見つめた。

 その隣にはステアもいて、二人の妻が我が家の食卓で僕を見つめている。

 難民たちはとりあえずステアの教会本堂で休んでもらっているのだけど、疲労の色が濃く数日は休養が必要となるだろう。

 

「どうって、三日ぐらいは回復に充てて貰って、それからは各人仕事をしてもらうしかないよ。なんにせよ、一番偉い人が彼らを受け入れるって決めたからその内には公的な支援も入るだろうし」


 僕は目をそらしながら答える。

 新規に軍を編成し、その主力に難民を当て込むともいっていたので、そうなると兵舎も立てられ、当然軍役を果たす者には権利や給与も支払われる。

 だが、問題はそれまでの間なのだ。

 

「薪がね、無いんだよ」


「寝具の類も彼らに行き渡るほどは……」


 ルガムもステアも表情は浮かない。

 そりゃあ、そうだろう。今回も僕は厄介ごとを持ち込んだのだ。

 こういう時、ガルダがいればどうにでもしてしまうのだろうけど、いなくなった人を頼っても仕方あるまい。


「まあ、薪くらいどっかから借りて来ればいいんだけど」


「寝具や他の用品も、我が教会の信徒たちに貸して貰います」


 渋い表情のまま、二人は呟く。

 二人とも、僕の知らない付き合いも抱えている。とはいえ、都市全体が物資不足の状況では言う程簡単ではないだろう。

 僕はいたたまれなくなり、謝った。

 

「謝る必要はないけどさ、私たちも限界があるよ。まだ大勢やって来るなら、さすがに他をあたってもらわないと……」


「私も、故郷の同胞には出来るだけのことをしたいと思いますが、神ならぬ身でどこまでやれるものか……」


 二人の心が折れるまでには何とかせねばなるまい。

 などと考えていると、表で声が響いた。耳を澄ますまでもなく、女性の声がステアの名前を呼んでいる。

 僕たちは顔を見合わせて席を立った。


「失礼。ステアがこちらにいると聞き、尋ねて参りました。取次ぎをお願いします」


 扉を開けると、そこには汚れた格好の美女が立っていた。

 元が白だったのだろう旅装は灰色にくすんでおり、肌は日に焼けて赤くなっている。はかなげな金髪も雑に束ねられていて、それもほつれていた。が、それを差し引いても切れ長の瞳とまっすぐ長い鼻。整った歯並びなど、十分に美しい。

 年齢は三十くらいだろうか。身長も僕よりは少し高い。

 などと一呼吸分、来客を見つめていると背後からステアの声が飛んだ。


「お姉さま!」


 ギョッとして通路を譲ると、ステアは外に出ていき来客の前に立った。

 客のことを姉と評したが、対面するその視線はどこか怯えが含まれている。

 美女は深くため息を吐くと、ステアの頭をクシャクシャと撫でた。


「お説教はしませんよ。大丈夫。あなたが教団を離れたことも怒ったりしません」


 そう告げられたステアの表情は歪み、やがて眼の端から涙が零れ始める。

 ステアは両手で顔を覆うと、声を殺して泣き始めた。

 女はくるりとこちらを向き、深々と頭を下げる。


「『荒野の家教会』宣教団所属、新西方領担当のグロリアです。ステアとは彼女が幼いころから一緒に暮らしていました。あなた方が、今の家族ですね?」


 僕とルガムは曖昧にうなずく。そうしながら、視線は彼女が腰に提げた短剣に向かっていた。

 ステアはそんなもの、使ったりしない。

 

「私もステアと同じく、かつてはこの街の冒険者でした。反乱で情報が錯綜し、慌てて戻って来たのですが、しばらくはこの街にいますのでお見知り置きを」


 グロリアと名乗る女性はそう言うと、振り返ってまだ泣きやまないステアに声を掛けた。


「さっき、そこで難民の方々にお会いしましたが、あなたの所で面倒を見るんですってね。うちの所でも二十人くらいは滞在できますから、手に余るならこちらに案内しなさい」


 素直に嬉しい提案だ。

 

「あの、グロリアさん。僕はステアと結婚した夫です。これからもやってくる難民について……」


 協力をお願いします。と言おうとして口が塞がれた。

 その手がグロリアのものであると気づくより速く、短剣の刃が首に食い込んでいる。まずい、死ぬ。

 前衛に守られていない魔法使いはこういうとき、無力だ。

 しかし、刃先を食い込ませた短剣はそのままに、グロリアは獣臭が漂う様な瞳で僕の顔をのぞき込んでいた。

 

「コラ、なにをするんだ!」


 ルガムが手を伸ばそうとするのだけど、僕はルガムが逃げ出してくれることを祈った。

 冒険者を途中で辞めた彼女よりもグロリアの方が強い。

 グロリアは素早く僕の後ろに回り込むと、僕を楯にしてルガムと向かい合った。


「落ち着きなさい、お嬢さん。私は悪魔に唆された善良な者にも寛容であるべきと考えています。悪いのは唆された者ではなく、唆した者なのですから。私の可愛い、可愛い、可愛い、可愛いステアを誑かした悪魔を一目見たいと思っていましたが、なるほど、あなたでしたか。ではサヨウナラ」


 僕の生命を刈り取る宣告はそうやって淡々となされたのだった。

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