第424話 快感フレーム

 悪魔を呼び出すのは比較的易しい。

 そもそも、こちらへ来たがっているので依代と魔力を用意してやり、空間を開けば勝手にやってくる。

 それはアンドリューから覚えた事であり、実験の結果を見ても間違えてはいないようだ。

 しかし、それ以外の召喚は一体どうやってするものか。

 大昔の逸話として、様々な魔物を使役して戦う魔法使いの話は聞いたことがある。

 迷宮探索の黎明期には魔法も技術も体系化などされておらず、様々な異能がここへ訪れては沈んでいった。

 おそらく、そんな逸話を掘り起こして召喚術を復活させた魔法使いを僕は一人だけ知っている。

 

「アナンシさん、顔が怖いよ。あと、コルネリがかわいそうだね」


 サンサネラが目を細めて呟いた。

 僕はいつの間にか思考に沈んでおり、手は無意識にコルネリの毛並みを撫でていた。

 コルネリは『我慢をしてやっている』表情を浮かべており、まあ、ないのだろうけどこのまま撫で続ければいつか怒らせて噛みつかれてしまうかもしれない。

 

「ちょっといろいろ考えごとをしていたんだ。例えばほとんど魔力で構成される精霊の様な魔物を使役できないかな、とか」


 実のところ、これは何度か試した。

 炎を纏った精霊の体内魔力を書き換え、思うままに動かそうとした時には霧消させてしまったし、風に乗って襲い掛かる悪霊の類は、壁に激突しながらどこかへ飛んで行ってしまった。

 自分でやればやるほど、魔力に関する習熟の困難さに打ちのめされる。

 わりと身近に魔力の密度を極端に高くし、ほぼ実体と変わりなく安定して存在させ、その上で自律行動をとる魔力の塊も存在するのだけれど、彼女を作成した術者の技術力の高さには驚かされるばかりだ。

 つまり一号のことなんだけど。

 

「アイヤンはなんかコスか技ば、ようけ使えろうもん。新しい技も上等やけどさ、使える中から磨いたがよかっちゃ?」


 モモックが石に座ったまま言葉を投げる。

 彼と二人で迷宮に入ったのは、たしか禁術の類を使用することにためらっていた頃である。彼に言われて、死霊術やゴーレムの作成に取り組み始めて技を磨き、その結果としてムーランダー戦で勝利を拾うことができたのだ。

 そうして、今も彼の言うことには一定の真実が含まれていて、確かに技が増えればいいというものでもない。半端な選択肢はとっさの判断を鈍らせ、足を引っ張ることもあるだろう。

 逆に、一つの技を習熟して使い方を検討し続ければ、究極的には強くなっていく。

 モモックはほとんど、飛礫しか攻撃方を持たないのに攻撃力は十分であり、ノラに至っては刀を振っての斬撃しかないのに異形を切り捨てる。

 僕だって、既存の魔法を深化させてきたし、それを続けていく道も確かにある。

 なんなら、先ほど初めて使用した悪魔召喚だって、もっと高位の悪魔を呼び出すなど突き詰める余地は残されていた。

 

「たぶん、魔法使いは順応が進めば技術に貪欲になるんだよ。僕も、ゼタも、ビーゴもそうだから」


 僕は偽らざる本音を吐露した。

 多彩さでいえばゼタは素晴らしかった。

 魔法の高速射出には目を奪われたし、効果が長時間続く混乱の魔法も使っていた。

 そうして、今、僕が最も知りたい魔法こそ、彼女が使った黒い虫の召喚術なのである。

 誰に習ったのか。どうやって編み出したのか。

 ゼタに声帯があるのであれば是非とも聞き出したいのだけど、いくら質問をしてもガチャガチャと体を揺らして踊るだけの彼女に詳細な説明を期待するだけ虚しい。

 ウル師匠も独自の魔法をたくさん携えており、いくつかは僕にも教えてくれた。

 規格は異なるけれど、一号なんて魔力の自由さを存分に利用して戦っている。

 瞬間、脳内の回路が繋がり、閃光が閃いた。

 直接聞けばいいのだ。

 僕は久しぶりに胸のつかえがとれた思いだった。


 ※


 魔力感知の能力はこういう時にありがたい。

 僕たちは目標に向け、駆けるように階段を下りて行った。

 もちろん、途中での戦闘は有利に戦える魔物のみを選び、危険そうな相手との対面は徹底的に避ける。そうして地下二十階まで降りたところでようやく見つけた。

 前衛に戦士が三人。後衛に魔法使いと僧侶、それに盗賊だろうか。

 それは人間のパーティだった。

 いや、人間と呼んでいいものか。彼らは迷宮堕ちし、二度と地上には戻らない魔物の一種である。

 彼らは僕らを認識するなり、戦闘に突入した。

 

『ゼタ!』


 僕たちもすぐに攻撃に移るのだけど、襲撃を仕掛けた分だけこちらが早い。

 現れたゼタが炎をまき散らし、モモックの飛礫が前衛の一人を大きく吹き飛ばした。

 前衛が一人しかいない僕たちは、まともにぶつかると不利である。

 サンサネラが敵と切り結んでも、敵の戦士が一人余っている。

 敵の足を止めるようにコルネリが飛び、最初の一合目は終わった。

 そこでようやく顔を確認するのだけど、どれも見覚えはない。おそらく、もう随分前に迷宮に堕ちた連中だろう。

 順応が進み迷宮に堕ちた場合、どんどん下層に降りていくのであるが、どこかで周囲の魔物が倒せず、このように一定の階層で足踏みをする。

 そうして少しずつ、順応を進めていくのだ。

 だから、どこかで迷宮に堕ちた元冒険者と遭遇した場合はその階層の他の魔物と、おおよそ戦闘力が拮抗していると思っていい。

 後衛の魔法使いや僧侶が唱える魔法を、魔力を散らして妨害しつつ、自分の魔力を編むのだけれど、さすがに連中も甘くない。

 敵の戦士が振り回す斧により、大きな音を立ててサンサネラが弾き飛ばされてしまった。

 コルネリも攻めあぐねて前線が押し込まれつつある。

 

『死体よ、戦え!』


 亜空間から引っ張り出した三体の魔物の死骸をけし掛け、僕たちと敵の間に距離を確保する。しかし、所詮は死体であり、稼げる時間などわずかなものだ。

 モモックの一撃が、コルネリに注意を注いでいた戦士の片足を吹き飛ばす。

 僕の注意が殺がれたため、魔力操作に失敗し、僧侶と魔法使いが魔法を唱えた。

 欠損した戦士の足は瞬時に復元され、立ち並んだ魔物の死骸が消し炭にされる。

 彼らは生き死にのかかったこの瞬間に、場違いな笑みを浮かべていた。

 いや、これは自分でもよくわかっている。

 きっと僕も笑っているだろう。

 妙な高揚のなか、ほんのわずかな瞬間に次の手立てを考えるのは堪らなく興奮するし、その場合の手段は多ければ多いほど上手く選べた時に気持ちがいいのだ。

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