第425話 コーチ

 真っ白い閃光に包まれたように記憶がとぎれ、気が付くと敵は倒れ、サンサネラが血塗れで立っていた。


「シンドいねぇ」


 荒い息とともに血を吐き捨てると、サンサネラは地面に座り込んだ。

 

「どうにかこうにか、勝ちを拾ったのう」


 モモックも仰向けに倒れ込み、ゼタもベタリと倒れていた。

 僕の体にも妙な疲労と高揚感が残っており、召喚していた悪魔たちから魔力を抜いて崩壊させる。

 ゼタをしまい込むと、自分の疲労感にも気づいて転びそうになった。

 膝が震えている。


「うん、ありがとう。コルネリもお疲れさま」


 ゆっくりと帰ってきたコルネリを抱き留めて、背中を撫でた。

 

「体中痛かけん、回復魔法ばかけてよ」


 モモックに言われ、僕は空間の魔力を撫でると、二人に回復魔法を掛ける。二人の怪我が治癒し、しかし緊張から精神的にまいったのだろう。

 体を壁にもたれさせ、起こしはしない。

 敵の死体は途中で悪魔生成の材料にしてしまっているので、二つしか残っていない。

 一つは戦士で、これは死霊術用に亜空間へと落とし込む。次の戦闘から前衛に立って貰おう。

 もう一つは魔法使いである。

 そもそも、こいつが目的で今回の戦闘は行われた。


「なんニヤニヤしよっとや。きしょかって」


 ぐったりと疲労していても軽口は飛ぶらしい。

 モモックの言葉に苦笑しながら、僕はその死体を改めた。

 年齢は二十代後半だろうか。性別は男性であり、細身である。

 顔面には苦痛により歪められた表情が刻まれていて、僕はふと自分の行く末を彼に重ねた。

 結局、地上でも迷宮でも力がものをいう。ただし、力を付けすぎれば迷宮の引力が強くなり、地上へは戻れなくなってしまうだろう。

 そうして、迷宮に落ちてしまえば必ず存在する格上の存在に喰われておわる。

 しかし、勝者の側にいる間は敗者を徹底的に貪ろう。

 思えばカルコーマも倒した敵を更に研究していた。

 僕は空中に魔法陣を描くと魔力を通し、どこかへと消えつつある魂を掴みとる。実に二度目の返魂術である。

 死んだばかりで、魔力が強く、また直前に魔力の波長を見ているので間違えはしないだろう。

 掴んだ魂を引っ張り出すと、魔法使いの死体に戻し、結界を施して封をする。

 並列して組み上げた魔力で死霊術を発動すると、魔法使いの死体は目を見開いたまま、動き出した。

 なにが起こったか分からないのだろう。彼はガバッと上体を起こして周囲を見回した。

 そうして、僕を見つめる。


「ええと、言葉は聞こえてますか?」


 僕が問いかけると、魔法使いはコクリと頷く。

 これは僕が操作したわけではないので、自発的な動きであり、狙いは成功したといっていいだろう。

 

「あなたは死にました。でも、ただ死んで消えるのは寂しいでしょうから、最後の言葉を僕が受け取ってあげます」


「死んだ? そう、死んだな。いや、奇妙な感覚だ。確かに死んでいる」


 魔法使いは自らの胸に空いた穴を撫でながらつぶやいた。

 蘇生や復活といった技術とは明確に違う邪法。いってみれば動く死体の魂入りといったところか。

 彼の体は僕の魔力で動いているに過ぎないが、人形にも魂を入れれば自律的に動くことはゼタの件から想像は付いていた。

 まして、彼は自らの体に戻されたのだ。

 禍々しくとも不都合は少なかろう。


「さっそく質問です。迷宮に沈む程の魔法使いとして死んだあなたが知る、特別な魔法について教えてください」


 僕の問いに、彼はゆっくりと頷いた。

 実感として死を理解し、もはや執着もなくなったのだろうか。ゆっくりと丁寧に自らの秘術を並べ立てた。

 もし、黙して語らなかったり、反逆しようとすれば別の手段も考えていたのだけど、余計な手間を必要としないのは助かった。

 そうして、並んだ秘術について一つずつ彼は説明をしていく。

 僕も時折質問したり、実際に魔力を練ったりして勘を掴むと、おおよそのところは理解が出来るようになった。

 彼の秘術は割合と地味で、即座に戦力が上がる様な魔法は含まれていなかったが、この手法を実験できたということが既に大きな成果である。

 今後はこれを繰り返して成れ果て狩りをしていけば知識や技術の幅は広がっていくだろう。

 やがて、一通りの修得が終わり、用は済んだ。

 たとえば、これが戦士であるのなら超人的な肉体を利用し、今後も前衛に立って貰ったりする事が可能なのだけれど、彼は死んだ魔法使いである。

 ゼタと同じように運用出来ない事もない。

 そう思い、問いかけたのだけれど、彼はここで仲間とともに終わりを迎える事を選択した。

 本人の意思がそうであるのなら、是非もない。肉体を再度破壊し、魂を解き放って終わりだ。

 

「ありがとうございました。最後に言い残すことがあれば……」


「楽しかった」


 満足そうにつぶやいた彼の頭を『雷光矢』が消し去り、彼は本来の死に従って消え去っていった。

 僕はぐったりとした疲労に襲われて地面にへたりこむ。

 興奮で気づかなかったのだけど、僕もサンサネラたちに負けないほど消耗していたらしい。

 

「アナンシさんのやりたいことは分かったがねぇ、こいつは難しいんじゃないかい?」


 サンサネラはペロリと長い舌を出した。


「弱い奴を倒したって、大した成果は上げられないし、強い奴を倒すには実力がいる。今回だって随分と無理をしたんだ。アッシはもう限界だよ」


 最初、思いついた瞬間は確かにいいアイデアと思ったのだけれど、サンサネラの言うとおり、これはリスクの割に上手くない手法なのかもしれない。

 並列魔法を使いすぎて熱くなった脳が冷めるに従い、僕は自分の行動を反省するのだった。

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