第423話 慣らし
迷宮に入ると、あらゆるしがらみから解き放たれた気がする。
「しっかし、休みの日まで迷宮にのめり込みだしたら、アンタも立派な迷宮中毒者だねぇ」
サンサネラが笑いながらからかう。
特に言い返すことも出来なくて、僕は顎を掻いた。
サンサネラとモモック、コルネリだけを供に僕は迷宮に逃げ込んだのだ。
「強くなって悪かことはなかばい」
「度合いが問題なのさ。特に、ここは引き返せない分水嶺がどんどん近づいてくる。迷宮の中が落ち着くというのも、アッシはあんまり誉められたものじゃないと思うけどねえ」
いいながらサンサネラはルビーリーのナイフを引き抜いた。
コルネリも飛び立ち、モモックも小石を拾う。
飛び出して来たのは三匹のオークたちで、モモックの石が即座に頭を一つ吹き飛ばした。
サンサネラが一匹を斬り殺すと、コルネリが最後の一匹に取り付き、頭の一部を噛み千切った。
あっさりと戦闘を終わらせて、僕たちは地下十五階へと飛ぶのだった。
※
アルと一号は留守らしく、僕たちは部屋を出るとさらに奥へ向かった。
モモックではないけれど強くなるのに越したことはない。
どうも長期間いないと思えば、ノラは単独で四十数階まで到達したらしい。
一緒に猿の神に会った時よりも圧倒的に強くなっている。対して僕は未だ、二十階程度が限界なのだ。
これは、まっすぐ深層を目指す彼と僕の姿勢の違いともいえる。
もちろん、才能も適性も圧倒的に違うのだけど。
いざ、明日から東洋坊主討伐に行くと迫られたとき、逆らうにせよ追従するにせよ僕では力が不足しすぎている。
それで戦闘訓練だ。
もちろん、ここのところゴタゴタとしすぎた地上の喧噪から身をかわしたかったのも嘘ではない。
『火炎球!』
唱えた僕の魔法は真っ直ぐと飛び、四本腕の怪人に当たって火を噴いた。
最も基礎的な魔法にして最弱の攻撃魔法だが、周囲の魔力をかき集めて存分に乗せていた。
目論見通り、火炎球は通常の数十倍の威力で吹き荒れ、それでも怪人の息の根を止めるには至らず、サンサネラが間合いを詰めて額にナイフを刺した。
ガクンと体を落とす怪人の後ろから新たな多腕怪人が現れ、モモックの飛礫に撃たれた。
しかし、堅い。
深く凹ませたものの貫通はせず、怪人も倒れなかった。
僕は周囲から魔力を集め、再び練る。
基礎魔法の威力増大は練習次第で会得出来そうだけど、同時に他の方法も探らねばならない。
あまりやりたくはなかったけど、わがままも言っていられない。
『悪魔召還!』
普段、向こうからこじ開けられる空間の穴をこちらから開けてやる。
そうして十分な魔力と寄り代の材料を用意してやれば、悪魔を呼び出すのはそう難しい事ではないのだ。
ただ、ずっと避けていた技術である。
バチバチと空間を引き裂き、現れたモノはサンサネラが仕留めた怪人の死体を溶かして顕現した。
それはヤギの様な頭部と四本の長い腕を持つ悪魔だ。
かつて僕の前でルガムの命を奪った悪魔と、同種ではあるが同じ個体ではない。
悪魔の使役は危険であり、下手をすれば術者の命を奪いかねないが、やりようによっては大きな戦力になるのも事実である。
彼らの体を構成する魔力が僕のものである以上、ある程度は思い通り動かすことも出来るのだ。
何よりゼタと違って使い潰しても心が痛まないのは大きな利点である。
ヤギ頭の悪魔は多腕の怪物と正面から掴みあった。
しかし、力では劣るようであっさりと組み伏せられる。
それでも、多芸な悪魔は口から酸を吹き付けて反撃を試みていた。
戦闘自体は、そんな健気な奮戦など無視をして、モモックの飛礫が怪人の頭頂部に直撃し、命を奪ったのだった。
僕が練り集めた魔力を放棄すれば、体を構成する大半の要素が崩壊して、悪魔は絶命した。
後には怪人の肉塊だったものが僅かに残っており、思えば残酷な技である。
それでも戦闘は終わりで、僕たちは一息ついた。
「あんま趣味のよか技じゃなかね。そいで出てきたのが強けりゃ、まだ救いようもあろうばって」
モモックが肉塊を見ながら言った。
彼はかつて、僕と一緒に件の悪魔と共に戦ったのだ。
その際、ルガムの命を奪った禍々しさを間近に見ている。
「一応、もっと強いのも呼び出せるんだけど、とりあえずはこの辺からね」
余裕を見せる程に強くないのだから、取れる手段を出し惜しみするな、とはかつてモモックから投げかけられた言葉でもある。
やりたくなくても試して、使っていこう。
「モモックとか、いつでも呼び出せたら便利なんだけどね」
ワンポイントで彼の火力が運用できれば、戦術の幅は格段に広がる。
しかし当のモモックは顔をしかめて首を振る。
「他人の都合で急に呼び出されち、そんな怪物にぶつけられつなんちゃ考えるだけでもイヤかばい」
そりゃ、そうか。
僕も納得して頷いた。
そこらの魔物を捕まえて一時的に使役するなんて方法について考えていたのだけど悪魔と違い体を持つ連中をどうやって言うことを聞かせたものか。
考えながらコルネリの頭を撫でると、彼は抗議するようにキィ、と鳴いた。
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