第418話 でがけのサヨナラ
朝日が昇ると、広場には領主を筆頭に百名の兵士たちが騎馬に乗って立ち並んだ。
背後には物資を積んだ荷馬車があり、暗殺者やスリ団のねぐらで見たような連中が手綱を取っていた。なるほど、彼らは雑役までが仕事だったのか。だとすれば悪いことをしたかもしれない。
朗々と決起文を読み上げたブラントは、それに続いて住民に声を投げかけた。
「これは不当に低い位置に置かれた諸君の鬱屈を晴らす聖戦でもある。ともに王都に乗り込む気概のある者は、馬車に乗り込みたまえ!」
「あ、あんにゃろ、こっちはただでさえ人手が足りないってのに」
僕の隣でパラゴが呟く。
僕たちは高い建物の屋根から反乱軍の出立を見守っていたのだけど、おかげで群衆からバラバラと馬車に駆け寄る者たちがよく見えた。
その数は全部で数十名くらいか。
普段から生活の苦しい下級市民、戸籍を持たないその日暮らしの流入者、奴隷らしき者もいる。奴隷の所有者も、武装兵の眼前で奴隷を連れ戻すことは出来ず、指をくわえてみている。
彼らが自らの生活と提示された未来を秤にかけて、戦争を選ぶのだから、それは仕方ない。
しかし、その中にあまりパッとしない初級冒険者連中や学生が二十人程も混ざっていることはこれからの都市のことを思えば痛かった。
とはいえ、僕だって武装兵の前に出て行って彼らを引き留めることは出来ないので、指をくわえて彼らの出奔を見ていることしか出来ない。
およそ、僕たちが殺した数よりも大勢を補充した反乱軍は、それで出発して行った。
最後尾に陣取るマーロが一度、振り返ってこちらを向くと大きく手を挙げた。
パラゴが応じる様に手を振り返す。
「はい、サヨナラ」
彼の乾いた声に応える様にマーロは前を向き、行軍についていった。
「アナンシさん、お歴々がお待ちのようだよ」
すい、とサンサネラが現れて僕たちに告げた。
実のところ、準備の実働は皆に任せて僕はゆっくりさせてもらっていたのだ。
慣れないことはするものじゃない。どうも落ち着かなくていけない。
「サンサネラ、おまえはなんで逃げない?」
不意に、パラゴが質問をした。
サンサネラの黒い耳がピクリ、と動いて目が大きく見開かれる。
「そりゃあ、もちろんアナンシさんが好きだからさぁ」
まったくもって光栄な回答であるし、彼のことが好きだけど、僕もパラゴも、当の本人もその回答が正だと信じてはいやしないだろう。
大きな理由として、まず銀行の閉鎖が挙げられる。
昨日、皆を集める前に銀行に行ったところ、すでに銀行は引き出し業務を中止していた。
預けた金を引き出せないまま都市を去るということは、サンサネラの人生設計が大きく狂う。彼は大金を持って故郷に戻りたいのだ。
そうして、これが重要だが、サンサネラは本気で逃げれば誰にも捕まらないという自信を持っている。
つまり、もう少し旗色を見て、上手くいくか否かの結果を見極めようというのだ。
「そうかい。俺は金を銀行やら冒険者組合から引き出せたら、その足で田舎に帰るぜ。おまえらのことは嫌いじゃなくてもな」
シガーフル隊であり、上級冒険者の彼に去られるのはつらいけど、結局は個人の考えを無視して、行動の強制はできない。
僕が出来るのは、どうしていいかわからず、迷うものを巻き込むことだけである。
※
冒険者組合の会議室には、冒険者組合の理事と商店会連合の主要な面々、それによくわからない男たちが椅子に座らされていた。
「誰?」
「領主府の幹部。上級役人だ」
シグに尋ねると、彼はガルダの配下だった連中を顎で示し、ため息とともに答えた。
なるほど、さすがにガルダの教育はよかったらしく、手際がいい。
上級役人も、いわれてみれば見知った顔が一つある。不安に満ちた表情がイメージと離れていてわかりづらかったのだけど。
冒険者組合と商店会連合の同意を得た後に領主府の幹部から委任を受ける予定だったが、全員が一同に揃っているのなら、話も早い。
と、ご主人や他の面々の視線が僕に向いていることに気づいた。
まったく、人前で話すことは苦手である。けれども、家族を守る為ならそんなことも言っていられない。どうせ、僕が話す内容なんてどうでもいいのだ。
「ええと、どうもおはようございます。皆様には早朝からお集まりいただき、感謝を申し上げます」
僕が前に出て喋り始めると、座っている連中のみならず室内にいた全員の視線がこちらに向いた。
さすがに大物揃いで、視線に力がある。僕は視線を逸らして苦笑を浮かべた。
本来は元奴隷である僕などに壇上から物を言われる連中ではないのだ。
「先ほど、御領主様が兵を挙げて出立なさいました。しかし、都市住民にも日々は続き、適正な統治は一日たりとも欠かすことは出来ません。そんなわけで、僕たちは都市の為、義務感から、皆様にお集まりいただく場を作らせていただき、混乱の一刻も早い収束に向けて話し合いをさせていただきたいと思います」
顔を知った上級役人やニエレクをはじめ、半数程度はとても賛同とは程遠い表情をしていた。
しかし、ジャンカを伴ったロバートの登場でさっと表情が変わる。
いつもの薄汚れた普段着ではない。二人とも、御主人が急遽仕立てた上質の礼服に身を包み、身だしなみもふさわしく整えていた。堂々とした態度に指先まで計算された様な所作と、王者の権威を湛えた表情は、生まれてから今まで玉座以外になぞ腰かけたことないかのように見える。
なるほど、これが気品か。僕なんかにはいくら金を積んでも真似ができない、あふれる上品さにうならせられる。
「俺が、西方領を統べるホリィユーズ家のロバート・ホリィユーズだ。他領とはいえ、同じ国でもある。火急なれば一時的に統治に力を貸そう」
堂々たる威風。
まるで概念から抜け出して来たかのような王者が眼前に現れたことで無理矢理集められた連中も息を飲むのだった。
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