第417話 公孫

「その発言は……受け取りようによってはそれだけで処罰されるものだぞ!」


 顔を歪めて発言したのはご主人だった。

 小心者の彼は、連座で処刑されるのを恐れたのだろう。


「残念です。既に言葉を発してしまいました。取り消すつもりもありません。しかし、本当に残念なのは、これを誰も取り締まりに来ないことです。ですから、ご主人。僕たちは少し、働く必要があるんです。そうじゃなければ多くの物を失うかもしれないから」


 誰が支配しているかは問題ではない。

 傀儡の領主だろうが、どこからかやってくる異民族だろうが、治安を安定させてくれるのなら、それに従うまでだ。

 しかし、ブラントは治安に必要な要員や体制を根こそぎ持っていこうとしている。

 なにも手を打たなければ確実な混乱が訪れるのだ。

 

「皆さんも、エランジェス追放に前後して暴徒が湧いたのを覚えているでしょう。人間はたやすく秩序を捨て、混乱をまき散らします」


 略奪に殺人、その後に訪れるのは食料と生活必需品の欠乏である。

 なんせ、この都市は基本的に大消費地なのだ。生産量よりも消費する量の方が圧倒的に多い。補給がうまく行かなければ簡単に干上がってしまう。

 そうなれば後は悲惨な光景が広げられるだろう。

 暴徒に屋敷を囲まれた経験を持つご主人は、それで黙ってしまった。

 

「というわけで、皆さんにはまず、各方面の治安維持を。第二に商人として適切な流通の確保をお願いします。間違っても品不足につけ込んだ短期的な値上げなどはしないように。それは結局、混乱を増やすので損です」


 僕の言葉に、ガルダ商会の用心棒頭が挙手をした。

 

「言いたいことはわかる。が、俺たちの仕事は用心棒だ。自分のところのもめ事なら処理もしようが、他人の喧嘩に口を出すのは筋違いだ」


 そのとおり。

 この都市には暴力に自信のある連中が大勢、たむろしている。

 そんな連中が、たとえばガルダの用心棒連中から凄まれても素直に従うとは思えない。下手をすればもめ事に巻き込まれた挙げ句、返り討ちにされかねない。

 いくら、ガルダの戦闘要員たちが領主府の兵士より腕利きだとしても、その不安は常に消えないのだ。


「それに、他の連中も前に出てきたらここにいる者だけではどうにもならんだろう」


 用心棒頭は、僕に不信の目を向けていた。

 彼からすれば、僕が自分たちをいいように使い潰す詐欺師に見えるのかもしれない。そして、それは正解である。


「どうにかするんです。ここは領主府をいただく独立領都ですから、王から委任を受けた領主がいました」


 今はいない。その座にいるのは、既に傀儡と化した肉人形である。

 

「しかし、明日にはいなくなる。だからその空席を僕たちで確保しましょう。それで、命令する権利も、なにもかもを手に入れることができる」


 言葉の意味をとっさに飲み込めた数人が目を見開いた。

 

「俺は帰る。聞かなかったことにしてくれ!」


 ご主人は呻く様に言葉を吐き、立ち上がった。

 都市掌握のみならず、支配者の僭称計画まで告げたのだ。

 どう言い訳してもその場に列席しているだけで死刑以外の末路がない。

 平時なら、だけど。


「ご主人には他の大商人連中を説得してもらう役割があるので却下です。そのほか、シガーフル隊は冒険者組合と一般の冒険者連中への折衝をお願いします。一時的な統治者を、商人も冒険者もやまれぬ理由ながら戴く。そういう形に持っていく必要があります」


 シグはイヤな顔をするのだけど、明確な文句を言わない。

 おそらく、それが正しいかどうか判断を付けかねているのだ。

 胡散臭い相手にはそもそも話をさせるべきではない。にもかかわらず、僕が友達だからという理由で彼は誠実に話を聞こうとしている。

 しかし、断じて言うがこれは彼の欠点ではなく美点であり、同時に好意につけ込む僕の醜悪さでもある。

 

「冒険者組合と冒険者の面々、それに商店会連合を味方に付ければ、それ以上の団体はこの都市に存在しませんので、反対は出るでしょうが、散発的なものですから強引に押して行くことができます。もちろん、統治者は一時的な存在で、反乱が終わるまでを任期とします」


 参集した面々はヒソヒソと意見をやりとりしている。

 

「反乱の結果がどうなるか、わかっているのかい?」


 サンサネラが首を伸ばして聞いた。

 その右手は傍らにいるアルの頭を撫でていた。

 

「結果はわからないけど、どっちでも一緒さ。王様が残ろうが、ブラントさんが残ろうが新たな領主を送って来るよ」


 この都市はどうやったって王国の要地には違いない。

 混乱が収まった後、きちんと支配の内に戻すだろう。

 僕たちが頑張るのはそこまで、ということになる。

 都市の支配権を引き継ぐときに、出過ぎた行動を謝りながら忠誠を誓ってみせるのだ。

 

「んなぁ、アッシも誰が王様とか関係ないもんな。わかったよ。ところでアッシや他の連中にも役割があるのかな?」


「もちろん。君は僕の相談役兼護衛だ。それから、教会は混乱で困窮した住人の救済をお願いします。これはもちろん、ステアやルガムで協力を。ギーには今回の臨時支配について祖国から承認を貰ってほしい」


 内外からの承認は多い方がいい。

 小国とはいえ、王族の承認が得られれば心強いし、食料支援も望める。

 

「じゃあ、俺たちは?」


 ジャンカとモモックに挟まれてロバートが声を挙げる。

 

「すごく大事な役割をお願いします。ロバートさん、あなたがこの都市の臨時領主に就任してください」


 場にいた全員の視線がロバートに集中した。

 居心地が悪いのか、ロバートはポリポリと頬をかく。


「そりゃあ、大役だぜ。俺の他に適任はいないのか?」


「いえ、他にはいません。あなたが一番いい。流れ者で、一件が落着すれば姿を眩ませることもできるし、暗殺を謀られても、跳ね返す力がある。そうして、これが一番重要ですが、生まれの説得力がある。青い血に生まれついたあなたよりも高貴な生まれの人は、この中にせいぜいジャンカくらいしかいないんですよ。ロバート・ホリィユーズさん」


 その名前に室内が騒然とする。

 しかし、彼は紛れもなく西方領を治めるホリィユーズ家の男子で、第四位の継承権を持っていた。

 相棒のアンドリューとともに出奔して以来、実家には戻っていないが、多方面にハッタリが効くのは間違いない。


「捨てた家だけどな。まあ、やってみようか」


 家名を呼ばれたロバートは、渋々といった様子で頷き、領主への就任を承諾をしたのだった。

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