第416話 パーティ

 領主府を辞して、僕は大通りを歩いた。

 失った物と得た物をぐるぐると考える。明日から起こるという反乱の予定を誰が知っていて、誰が知らないのか。

 もちろん、関係者は口外厳禁だろうが、それでも関係者が数百人からいれば家族にこぼす者も幾人かは混ざるのではないか。

 しかし、そうか。

 街の雰囲気はあらかじめ壊してあった。有力者は街を脱出していて不自然ではない。現にご主人は宝石商の類は皆、逃げてしまったと言っていた。

 そのためのスリと殺人でもあったのだ。

 そうなると、未だに都市に滞在するご主人なんかはまったく知らされていないのだろう。

 都市内有数の豪商とはいえ、ガルダと密接につき合いがあったのだから、それもしかたあるまい。

 となれば、行き先も決まってくる。

 僕は進路を変えてラタトル商会の事務室に向かうのだった。


 ※

 

 ステアの教会は大勢の人が詰めかけてガヤガヤとにぎやかだった。

 あまり訪れることのない筋の連中が木製の椅子に座っている。

 ガルダ商会の主立った連中や用心棒たち。ネルハも所在なげに立っていた。

 シグと、彼が率いるシガーフル隊の面々。ご主人とその配下連中。サンサネラと隣にアル。ロバートとジャンカ、モモックもいる。

 ギーとメリアがこの教会に立ち入るのは初めてではないだろうか。

 当然、館の主であるステアや小雨、ルガムも居並ぶ中にいた。

 最後、教会にパフィを伴ったビウムが入って来たのを確認して、僕は一同の正面に立つ。

 窓から見える空の色は既に暗闇といってよく、室内の蝋燭が頼りなげに、癖の強そうな連中の顔を照らしていた。


「ええと、だいたいの人が集まったので、本題に入らせていただきます。まず、ラタトル商会の方々は関係者への伝達に走ってもらい、ありがとうございます」


 僕が頭を下げると、ご主人が鷹揚に手を挙げて答えた。

 彼には事前に下話を通してある。


「ガルダ商会の方々にはガルダさんの消息を伝えるということで集まっていただきましたので、最初にそれを。彼は亡くなりました。カルコーマさんとともに」


 最初の伝達事項でガルダ商会の連中は互いに目を見合わせた。

 

「私はその手の冗談を好みませんよ」


 ハッキリとした声を挙げたのは小雨だった。

 最後列で壁にもたれて立っていた妊婦は不機嫌そうな表情で僕を睨んでいた。

 

「もちろん、僕もその手の冗談は好みません」

 

 こちらも、ハッキリと明確に告げる。

 冗談でする話としては危険すぎるのだ。

 

「僕は今日、切り取られた二人の首を見てきました。彼らは他の部下を伴い、ブラントさんを討伐しに行った。そこまでは間違いありませんね?」


 ガルダ商会の連中のうち何人かは曖昧に頷いている。

 

「彼らはブラントさんに負けたのです」


「そんな……!」


 小雨はとっさになにかを言い返そうとしたものの、そこから先の言葉を探しあぐね眉間に皺を寄せる。


「と、いうのが前提で話は始まります。もちろん、ここにいる誰もが僕の部下ではないので、あくまでお願いとなりますが、ちょっと力を貸して貰えませんか?」


「あの、ガルダさんが死んだというのは……本当なんですか?」


 恐る、恐るといった風に質問をしたのはガルダの妻、ネルハだった。

 

「あの人は……死なないと思うんです。なにかの間違いでは?」


 その感情を形容すれば困惑だろうか。

 顔面を蒼白にして、揺れる大地に踏ん張っている様だった。


「気持ちは分かるよ。でも、人は死ぬんだ。僕も、君も、ここにいる誰もがいずれはね。残念だけど、君は夫を亡くしたことになる」


 彼ら夫婦がどの程度の関係性であったのか、知らない。

 でも、未亡人となった彼女は今、動揺している。


「待て、それは俺たちに関係ないだろう。妙な話に巻き込まないでくれよ」


 ガタリ、と席を立ったのはシグであった。

 ここから先、ガルダ商会の解体と報復の有無に話が向かう。

 この場ではガルダと縁遠い立場として、巻き込まれる前にハッキリと一線を引き、撤退するのはパーティを率いるリーダーとして適切な判断である。

 

「いや、待たない。ガルダさんたちが死んだことはあくまで前提。その先が本題だからだ。とくにシグ、君は僕の計画に欠かせないんで、友情にすがってでも引き留めさせて貰う」


 情けないことも堂々と言えばハッタリが効くものだ。

 幸い、シガーフル隊でもギーとステアは心情的に僕を支持してくれる。

 シグは眉間にシワを寄せて席に座りなおし、それを好機として僕はブラントの反乱計画について強引に、概要を説明した。

 

「そんなもの、潰せばいいじゃないですか。私が行って殺してきますよ。あんなヒゲ」


 小雨が淡々と言って立ち上がる。

 ガルダ商会の面々も同意の光を目に浮かべていた。

 

「それはダメ。一切許容できません。僕たちは反乱軍に関わらず、妨害もしないで見送ります。行動はその後に起こします」


 ブラントはナフロイ隊という切り札を切ったと言ったものの、二枚目がないとは言い切れない。

 ノラくらいの圧倒的な強者がいれば別だが、小雨くらいでは手玉に取られかねないのだ。

 

「向こうはブラントさんが率いる精鋭が百人です。襲いに行って返り討ちに合ったとき、どう気が変わるかわかりません。ここに至っては街に火を付けて行かないだけマシだと思うしかないんです」


 彼らが紳士的に退去するとして、彼らが去った後に僕たちの仕事は始まる。


「皆さんには、彼らが去った後にこの都市を掌握するために協力を求めます」


 仲間や家族を守るため、奮闘せよと言うのならばできる限りの汗を流してみよう。

 僕は居並ぶ面々に都市の占拠を宣言するのだった。

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