第399話 まどろみ

 よし、まあこんなもんか。

 僕は刺客の死体を見ながらほっとため息を吐いた。

 若い男の胸には握り拳大の穴が空き、顔には信じられないという風な表情が張り付いている。

 む、こいつは値打ちものだ。

 僕は彼が身に付けている指輪に気づき、引き抜いた。

 両手併せて四つの指輪は銀で出来ており、売ればそれなりの金額になる。

 一方的に襲われたのだから慰謝料ということでいいだろう。

 僕はポケットに指輪を入れた。

 ふと気になり死体の服の中を漁ると、やはりあった。

 宝石が取り付けられたネックレスが二本。これもそれぞれ金貨五十枚にはなりそうだ。

 ふむ、なるほど。

 放浪の種族は拠点を持たないことから財産を貴金属や宝石に換えて身に着けていることが多いと聞いたことはある。

 それなら、このそれなりに腕利きの男もそうやって稼いだ金を身に付けているのだろう。

 袖を捲ると、手首や上腕にやはり金の腕輪が。裾を捲ると足首にも同様の足輪が。ベルトにも金の延べ板が縫い込まれていて、腰に差した短刀も鞘や柄に意匠を込められた逸品でこれも高級品であった。

 

「ううう……」


 声がして振り向くと、上級役人が頭を抑えながらうめいていた。

 戦闘と死体漁りに没頭していたため、生死を確認することも忘れていた。

 雑に殴りつけられた頭から血を流し、意識はまだ混濁しているらしい。

 僕は急いで金目の物をはぎ取ると、自分の身に巻いてから役人を揺すり起こした。


「閣下、大丈夫ですか?」


 うっすらと眼を開ける役人はまだ、言葉を話せそうにない。

 

「兵隊さんを呼んできます。ちょっと待っていてください」


 僕だって駆け出しの回復魔法くらいは使えるのだけれども、ここは冒険者あがりの精鋭兵士が多く詰める領主府である。

 それならもっと高度な連中に頼んだ方がよかろう。

 安心させるように優しく言うと、僕は空いたままの扉をくぐり牢屋を出た。

 

「ええと、そういうワケだから回復魔法を使える人を呼んでよ。そこに隠れているんでしょう?」


 通路の陰に向かって怒鳴ると、応じるように一人の女が出てきた。

 兵士の制服を着ているが、身のこなしからして元盗賊だろうか。苦々しい表情を顔に浮かべている。

 見知った顔ではないが、いずれ予想はつく。


「君まで死ななくてもいいって。こうなることも折り込み済みだろうから。ブラントさんは」


 そう言ってやると、女は腰の短刀から手を離した。

 職能の問題で、彼女が先ほどの刺客より強いということはない。

 ならばここで僕に向かってきたって全くの無駄死になのだ。


「ブラントさんに知らせてくれたんでしょ。ありがとう。助かったよ。だから別に君を恨みやしない。それよりほら、君たちの上司が巻き込まれて死にかけてる。あれはさすがのブラントさんでも予想外だったと思うよ」


 女は小さく頷くと、きびすを返して駆けていった。

 取り残され、僕はため息を吐く。

 おそらくブラントシンパの彼女は僕から彼の名前を聞き、こっそりと報告に行ったのだろう。その返答に僕への刺客を手引きせよと言われたのだろうから、さぞ戸惑ったはずだ。

 ブラントがいよいよなにかをやろうとしている。

 いや、今更ぼやかしても仕方あるまい。

 反乱か騒乱か、あるいは王国の打倒か。いずれにせよそんなところだ。

 僕にまで刺客を送ってきたのはおそらく、一種の遊びである。

 その結果として僕が死ねばそれでよし。その程度でなければもっとちゃんとした手法で確実に息の根を止められていたはずだ。

 しかしこうして生き残った以上、次は決断を求められることになる。

 敵対か、服従か。

 正直に言えば、ブラントがなにを成そうと知ったことではない。

 僕とは違って知的な男であるので、その行動は正しいのかもしれないが、間違っている方が腹が膨れるのであれば僕は間違っている方が嬉しい。

 もちろん正しくて腹が膨れるのならそちらの方がより好いのは間違いないのだろうけれど。

 ブラントは美意識と諧謔、それにわずかの悪戯心を凝縮した様な男だ。

 国家転覆だっておおよそ、それらの価値観に照らし合わせて実行されるのだとすれば、即座に僕の家族へと被害が及ぶことは考えづらい。

 などと考えているうちに数人の兵士たちがバタバタとやってきて、室内の明かりを消すと、役人の治療をしてその場を去っていった。

 おそらく役人から顔を見られたくなかったのだろう。

 彼らは僕に対してもチラリと一瞥する以上の反応は示さずに去っていったので他に命令も受けていないと思われた。

 この領主府にどれほどのブラントシンパが潜んでいて、王国全体ならどうなのか。

 ビーゴならそのあたりも調べていそうだが……あ、シグが危ない。

 不意に友人の顔を思い出した。

 連続する殺人事件の首謀者がブラントだとすればそれを追っていった連中は有能なほど危険に近づくことになる。

 というか、スリを追っていったサンサネラは大丈夫か?

 いろんなことが脳内でかみ合い、焦燥感が背中に汗を浮かべ始める。

 

「あ……私は一体なにを?」


 ようやく精神的な安定を取り戻したのだろう。役人が一人呟いた。

 暗闇に取り残され、夜目も利かない役人は上体を起こしぼんやりと周囲を見回していた。

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