第393話 叶わぬ願い

「とりあえず、ほらこうやって……」


 僕はビーゴに魔法を一つ教えた。

 おおよその概要と、魔力の働きを簡単に説明し、あとは実地で調整をしてもらう。この男の執念ならきっとすぐに使いこなすはずだ。

 ビーゴは満面の笑みで教えを受けると大きく頷いた。


「なるほど、さすが師匠。とりあえず練習して、使えなかったらまた相談に来ます」


 ヒヒヒと不気味に笑い、ビーゴは走り去った。きっとシグを求めに行ったのだろう。

 実のところ、僕もぼんやりと理論を考えているだけで使ったことがないため、うまくいかないからといって僕に相談に来られたって困るのだけど。

 さて、盗品は家畜小屋の藁の下。僕は倒れた男たちを踏み越えながら首を振り、それらしき場所を探す。

 

「あ、お父さんいた!」

 

 可愛らしい声の主は、声色を裏切らず可愛らしい僕の息子だった。

 アルの後ろには小さなツボに手を突っ込んだハリネが立っている。


「塩があった。助かる」


 ツボから塩を取り出し全身になすりつけながらハリネは呟いた。

 ムーランダーほど顕著ではないけれど、人間だって塩は必須なのだからスリの連中がここで煮炊きをしているのなら当然、塩もあるだろう。

 と、廊下の向こうでシグとビーゴ、それにパラゴが立って雑談しているのが見えた。

 もしかしたら僕がいたかもしれない場所に、ふと寂しさを感じる。しかし、別の仲間や家族がいて、そこが居場所なのだ。

 とりあえずアルの頭をくしゃくしゃに撫でてみると、嫌そうに逃げる息子を見て寂しさは吹き飛んだ。とにかく家畜小屋を探そう。

 果たして、家畜小屋はすぐに見つかった。もともと農場であるこの施設は家畜小屋こそ本体であるともいえる。

 小屋と言うには大きな建物はかつて、豚か何かを飼育していた跡があり、今はただガラクタが転がっていた。雑然とした建物内には、四隅に藁の山が積んである。


「これだ、この下」


 僕はそのうち一つを指して二人に言った。

 そこに積んである藁の色だけが、不自然に新しい。これはつまり、最近かき混ぜられたことを意味する。


「ほう、なるほど。ところで割り前はどうする。俺とおまえの半分ずつでいいのか?」


 突然、声を掛けられて振り向くと建物の入り口にパラゴが立っていた。

 

「あれ、シグとビーゴは?」


「ここは俺らが調べておくと言ったら殺人鬼を求めて次に行ったよ」


 パラゴは長い棒きれを拾い、僕が指した藁山を散らす。

 その下には明らかに掘り起こされた土がのぞいていた。

 

「今回、あくまで俺はおまえたちのサポートをした訳だ。当然、報酬があってしかるべきだ。というわけで、半分でどうだ?」


 半分というのはつまり、僕とパラゴで山分けという計算らしい。

 盗まれた金に興味を示しそうにないマーロはともかく、子供のアルや異邦人のハリネ、金にこだわる腕利きのサンサネラまでをまるっと無視した形だ。

 もし、同行者に分配する必要があるのなら取り分から出せというのだろう。

 確かに、僕たちは大いに助けられ、彼のおかげで速やかにスリ団のアジトに到達することが出来た。それにもともと僕の金ではない。そういった意味ではまったく問題外の分け前とは言いがたい。


「いいけどさ、パフィに返す分の金貨七〇〇枚は計算から外してくれる?」


「一五〇〇枚以上あればな。なければそれも含めて半分だ」


 一方的に宣言するとパラゴは土を手で掻き出した。

 すぐに何かが出てきたらしく、パラゴの手はホコリを払う様に地面を叩いた。

 四角い木の板である。

 

「よいせっと」

 

 パラゴが木の板をどけると、その下には大きな水瓶が埋められていた。

 中には金色の硬貨が山ほど入れられている。


「几帳面な連中だ。金貨だけを入れている。」


 パラゴは中身をすくって呟いた。

 

「なんで金貨だけなの? 他の盗んだものは?」


 アルが疑問を投げかける。幼い彼にとっては単純に疑問なのだろう。


「そりゃあ、金貨の方が同じ重さを持って歩くなら価値が高いからだ。だからそれ以外の銀貨や銅貨は滞在費に充てて使ったり、両替したりして金貨に換える。理想は宝石に換えてしまうことだが、この都市では宝石市が盛んじゃないし、まとめ買いしてたら目立つからそれは諦めたんだろう」


 パラゴがアルに向かって丁寧に説明してくれた。

 わかっているのかいないのか、アルは「ふうん」と頷き、水瓶を覗き込む。

 僕たちは四人がかりで水瓶を持ち上げようとしたのだけど、重すぎてビクともせず、シグを追い返したことを後悔した。

 仕方がないので倒れているスリ連中からシャツを脱がせて襟と袖を結び簡易の袋を作り、それに小分けすることにした。

 死体や、すっかり動けなくなっているケガ人から服をむしり取るのは気が咎めるのだけど、彼らも他人からいろんなものを盗み、奪うことを気に病んだのだろうか。

 そんなことを想いながら粛々と作業を続ける。

 やがて集まった布袋五つに金貨を分けた。

 

「数えてる時間が惜しいからな。まあ、大体こんなもんか」


 パラゴが均等になるように金貨を分け入れ、二つを背負った。

 

「よっと。重いな。一袋、金貨千枚ってところか。俺が二つ、おまえが三つだ」


 僕にその重たい袋が持てるだろうか。

 顎に手を当て、首をかしげると不意に疑問が湧いて出た。


「パラゴはその大金をどう使うの?」


 僕なんかは所帯が大きくて生活費が巨大に膨らんでしまっている。

 お金はいくらあっても足りないくらいだ。

 しかし、彼は身軽な独り身である。

 その上、今をときめくシガーフル隊の正メンバーであって、稼ぎも十分にあるだろうし、商売をしているという話も聞かない。

 もちろん、金を貯めることも楽しさはあると理解できるが、それほど金にがめついイメージもない。


「どうって、冒険者組合に預けるんだよ」


 よろめきながらパラゴは答えた。

 

「迷宮に入り続ければいつか死ぬだろ。俺たちくらいになると捜索範囲外にいることもザラだから気休めに過ぎんだろうが、いちおう保険は掛けておきたい。俺みたいな臆病者はそうでもしないと迷宮になんか入れるかよ」


 彼はかつて、大切な相棒を目の前で失い、金が無かったために蘇生も出来なかったのだ。

 なんとなく、気持ちは分かった。


「ところでパラゴ」


「なんだ?」


「いま、思いついたんだけど僕の魔法で亜空間に金貨をしまえるよ。預かろうか?」


 僕の提案にパラゴはふらつきながら袋を降ろす。

 よほど重たかったのだろう。息が乱れていた。


「あのなあ、もうちょっと早く言ってくれよ。頼むけど」

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