第394話 遁走
さて、撤収だ。
金貨の入った袋を亜空間に落とし込んで僕は思った。
僕たちは幸いにしてスリのアジトに一番乗りを果たし、無事に戦果を獲得できたものの、二番乗りがいつ来るかは不明であるし、他のスリたちが戻ってくることも十分に考えられる。
「じゃあ、生きてるやつにとどめを刺していくか」
腰を伸ばしながらパラゴが提案した。
つまり僕たちが去ったあと、やって来た何者かに僕たちの情報を与えないための処方である。
死体は少なくとも生者よりは口数が少ない。
しかしながら、既に無力化を終えた重傷者を捕まえて命を奪うというのはどうだろうか。ここは迷宮じゃないのだ。
と、急に感覚へ伝わるものがあった。コルネリからの知らせだ。
「あ、マズいね。もうすぐ何人か帰って来るよ。多分六人くらいで」
たしか、彼は三十がらみの女を追って行った筈である。
戦利品を長く持ち続けるのはそのまま犯行が露見する確率が高くなるスリ働きの性質上、彼らはこまめに隠れ家に帰っては戦利品を埋めているのだろう。
「どうするの、たたかう?」
アルが目を見開いて身構えていた。
彼は幼いながらも経験から戦闘に恐れを覚えない。
頼もしく危なっかしい我が子の頭を撫でまわし、僕も対処法を考える。
戻ってくる六人がどの程度の連中かはわからないけど、こちらは魔力の薄い地上では戦力がガタ落ちする僕とアル、それに肉弾戦には役に立たないハリネと荒事を徹底して避けるパラゴの四人である。
しまった。もう少しシグを引き留めておけばよかったとは思うもののもう遅い。
「とりあえず、傀儡かな。ハリネ、まだ生きているスリを傀儡にして死にかけてるのと死んだのを全部集めさせてくれる?」
再び亜空間を開いて塩の樽を取り出すとハリネに差し出す。
ハリネは持っていた小壺の塩をすべて体になすってしまうと、すぐに樽を抱えて頷いた。
手近な死にかけを掴むと全身の毛を逆立て、ゆっくりと離す。
それだけで命令は終わり、わき腹から血を流す男は傷が開くのもためらわず駆け回り次々と倒れたスリたちを引っ張って来た。
やがて、血が流れ尽きたのかドサリと倒れた傀儡はそれきり動かなくなった。
ハリネは淡々と次の人形を選び、念を送り込む。
今度は片手を切り落とされた女が立ち上がって作業を引き継ぐのだった。
そうして何度か傀儡を替えるうちに、家畜小屋には続々と死体は積み重なり、うめき声は大きくなっていく。
「どうするんだ? 戦うなら俺は隠れるけど」
子供のアルでさえ戦意を見せているのにパラゴは堂々と情けないことを言った。
しかし、それが彼の職能であり生き方なのだ。
僕は集められたスリを数える。生きているのがあと四人と、死体が十個だ。
「とりあえずは様子見かな。ハリネは生きているのを、僕は死体を操ろう。ところでハリネ、君の傀儡って話せるんだっけ?」
「簡単な言葉なら」
僕の質問にハリネが頷いたので、おおよその作戦は決まった。
※
「助けてくれ! 助けてくれ! 助けてくれ! 助けてくれ!」
目前に迫った新手に向け、傀儡たちが叫びながら飛び出していく。
やって来た六人のスリたちは血を流しながら一心不乱で叫ぶ仲間にギョッとして目を丸くしたのだけど、すぐに武器を抜いて構えた。
「どうした!」
先頭の男が短刀を片手に尋ねる。
しかし、先頭の三人は六人組のずっと手前でバタリと倒れる。
「おそらく死んだ。呼吸が出来ていないから」
僕の横でそれを見ていたハリネが呟く。
しかし、その後ろを駆けていく十体の動く死体たちには呼吸など必要ない。
手ぶらでザクザクと足音を立てながら行く無表情の仲間に、スリたちも戸惑っているのだろう。
「どうしたんだよ、オマエら?」
ハスっぱな女が首を伸ばして仲間たちの背後を確認しようと首を傾ける。
その首に先頭の死体が噛みついた。
混乱と強襲。
死体に命じたのは彼らの体のどこかに噛みつき、噛みついたら噛み千切ること。
六人組はあっという間に取り囲まれ、体の各所に血の華を咲かせる。
彼らは凄絶な悲鳴を上げ、それもすぐに収まった。
狙いは上手くいったらしい。
そう思った瞬間、死体の頭が吹き飛んだ。
「なんだオマエら!」
見れば年若い青年が木槌を片手に、死体相手に奮闘していた。
なにせ死体の動きはのろい。その上に噛みつきしか命じていないので冷静に対処されれば戦闘能力は低いのだ。
青年もそれを見抜いたらしく、一体ずつ片手で突き飛ばしては脳天に木槌を撃ち落としていく。
「腕が立つ人が一人いるね。用心棒かな?」
僕は遠目に奮戦を眺めつつ、感想を述べた。
「しかたねえな。逃げるか?」
パラゴが笑いながら返す。
僕たちを目撃したスリもめでたく全滅したので、とどまる理由がないと判断したのだろう。
「ええ、ぜんぜんたいしたことないじゃないのよ」
アルが不満そうに呟く。
彼の言うとおり、迷宮の魔物に比べれば大した強さではない。
妙に女性っぽい話し方なのは母親である一号の口調から強く影響を受けているからか。
その頭を撫でてやると、僕は諭すように言った。
「あのね、アル。迷宮なら戦闘を繰り返すことが生き方になるんだけど、地上ではそうじゃないんだ。必要な分だけ殺して、無駄な戦いは避ける。彼らは今、金の持ち逃げに関して仲間内で揉めて殺し合いをしているのさ。僕たちの出る幕じゃないよ」
あの男は生き延びるだろう。
その生命力がまばゆく、今は見逃してやりたい気分だった。
スリの生き残りたちは男から異変を聞いてどのような行動を取るだろうか。
六人組が持ち帰ってきた金は惜しいが、それでも一方的に抱えている情報というのは捨てがたい。
不満そうにほおを膨らませるアルの手を引き、僕たちは裏口からそっと脱出をするのだった。
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