第392話 彼と彼の人の理由

 僕はため息を吐いて机に寄り掛かった。

 

「ねえビーゴ。本当に強くなりたいならさ、僕なんかよりもブラントさんに頭を下げて相談しなよ」


 ビーゴよりも僕の方が多芸なのは事実であろう。秘術や禁術を山のように抱えて迷宮を立ちまわっている。しかし、その技術のほとんどは一号に埋め込まれた魔力探知器官のおかげでどうにか使用できるのだ。

 ウル師匠やアンドリューはそういう補助器官を持たずに無数の秘術や禁術を習得していたものの、それは彼らが天才だからに他ならない。

 そんなイレギュラーな僕に教えを乞うよりは、指導者としてより格上のブラントに指導を受けなおした方がいい。あの男ならビーゴの悩みにだって適切な答えを持っていそうな気がした。

 

「嫌ですよ」


 ビーゴの発言はにべもない。


「あのね、師匠。あんな人に頼るようじゃおしまいじゃないですか」


 仮にも師匠の後見人に向かってひどい言い草もあったものだ。

 

「そんなことを言ったって、君だって教授騎士に教えを乞うためにブラント隊へ入ったんだろう」

 

 決して安くない額を支払ったのだ。そうでなければ僕は彼と出会うこともなかったはずだ。

 

「入りましたね。そのおかげで随分と気持ちの悪い思いもしましたけど。師匠、駄目ですよあんな人と付き合ってたら。絶対に」


 ビーゴは吐き捨てるように言う。

 確かに、僕だってブラントには絡めとられるように助手にされたのだけど、気持ち悪いという感情は理解できなかった。

 しかしビーゴはブラント隊を卒業した後、ブラント邸に近づこうともしないほど徹底して毛嫌いしている。


「いったい、何があったのさ」


「今だから言いますけど、ブラント式の教育を受けてるといつの間にか、あの人の言葉を疑うことさえ悪い気がするようになるんです。端的に言えばあれは洗脳ですね。教授騎士に習う子たちなんてみんないいとこの出ですから、疑うことも下手で、そもそも抗うという選択肢がないんです。だから、ブラント隊は金にもなるしシンパも得られるしあの人にとっては一石二鳥なんだろうと思いますよ」


 その言葉に、僕は驚いていた。同時に、納得もしていた。

 ブラントの生徒はその多くが彼の差配する通りの仕事に就く。当然、領主府にも王国中枢にも強いパイプを持っている筈だ。

 

「いや、でも僕には洗脳なんてなかった……と思うんだけど?」


 強引に行動を捻じ曲げられた覚えが多数、あるのだけど彼を崇拝したりしていない。


「師匠、あんた世界中を疑ってかかる小心者じゃないですか。騙すのは可能でしょうけど、洗脳を掛けようとすると手間がかかるしバレたときに僕みたいに距離をとるでしょう。だからリスクを避けたんじゃないですかね。ほら、ウルエリ大師匠の弟子でもあるし」


 ビーゴの人物評にひっかかる点はあるものの、それもそうかもしれない。

 精神的な束縛を避け、代わりに配下として物理的束縛を選んだとすれば辻褄も合う。

 

「だけど、それなら僕に生徒を持たせるのはおかしいよ。全部自分で育成した方が……」


 途中まで話して自分のマヌケさが嫌になる。

 教授騎士はどうやっても一パーティずつしか育成できないのだ。

 ということは、有望そうな生徒を選んで自ら育て、それ以外を僕に受け持たせたと考えられる。


「師匠、他人に興味がないのは知っていますけど、少しくらい調べてもよかったんじゃないですかね。僕は調べましたけど、師匠が指導した生徒って軒並み前線に配属されていますよ。それも最前線の部隊に」


 ビーゴの言葉に僕は頭を掻いた。

 ブラントとしては自分の手駒じゃないのなら遠い場所の、損耗率が高い部隊にやってしまった方があとくされもないのだろう。

 大勢の教え子たちの顔が脳裏に浮かんだ。それでも、それを知ったって僕が行動を変えるわけにはいかないのだから、これからも文句を言わずに同じことを続けるだろう。

 あまり知りたくなかったと思いながらビーゴを見つめる。

 

「君はよく洗脳に屈しなかったね」


「なにを言ってるんですか。バッチリかかりましたよ。師匠と違って育ちがいいんだから。一時はあの人の言うことを聞いているのが幸福だと思っていましたもの。ただ、卒業よりも前にシガーフル隊入りが決まったから。そうなるとあの人の言うことをハイハイ聞いてもいられなくなるし、ちょっと冷静になったんですよ。そしたらなんか変だなって思い始めて。疑いだしたら、あとはもう調べるほど真っ黒。本当に良かったですよ。全部シグさんのおかげです」


 彼をシガーフル隊に推薦したのは僕ではなかったか。

 しかし、ある意味ではそもそもシグに対して持っていた盲目的な憧れが彼を深い洗脳から守った可能性もある。


「まあね、済んだことはどうでもいいんです。ブラントという人はきっとなにごとかやらかすんだと思いますけど、距離を取った僕にはもう関係ないだろうから」


 驚いたことに、彼はブラントの件を済んだことと表現した。どう考えてもそれは、進行中の陰謀である。

 いや、ビーゴにとっては確かに済んだことなのかもしれない。

 だから、このタイミングで僕に話をしたのはたまたまだ。もし、会話の流れが少しずれていればわざわざ話すほどの話題だとは思わず、黙っていただろう。

 きっとこの男はシグがいて迷宮があればそれで満足してしまうのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る