第391話 詰問
戦闘そのものは淡々と進行した。
正面から扉を蹴破ると、すでに察知していた無法者たちはわんさと群がってはきたのだが、迷宮の深層で強力な怪物と日々向き合っている上級冒険者からすれば、多少腕が立とうが目端が利こうが、あるいは集団で襲おうが不意を突こうが僅かな微差に過ぎない。
一方的に腕や足を切断し、あるいはわき腹を裂き、シグはスリの一味を次々に無力化していった。
ビーゴも少し後ろにつきながら補助を行い、二人のコンビネーションに僕は入り込む隙間もなかった。
特にやることなく、倒れて呻く無法者たちを眺める。
やはり全体的に西方領や男爵国で見た様な人種が多い。
「あの、すみません」
左のわき腹から血を流しながら呻いている用心棒らしき男に話しかけると、彼は青い顔をこちらに向ける。
シグの手加減により、傷は浅く腹筋を一部切断されているものの、床に流れた血液の量からすぐには死なないだろうと判断した。
男は口をパクパクと動かした後、低く呻く。話そうとすると傷が痛むのだろう。
「助けて」
目に涙を浮かべて懇願するのだけど、その願いは難しい。
「ええと、多分駄目ですね」
縛り上げて領主府に引き渡すにせよ、この場で穴を掘って埋めるにせよ彼らは死ぬのだ。
男はその返答を聞いて、下唇を強く噛んだ。
「質問は三つ。まず、盗んできたものはどこにあるのか。二つ目に、見たところ遠方出身の貴方たちがこの都市にやってきた経緯。最後に、現在都市で起きているという殺人事件について心当たりはないか」
ハリネの能力で聞き出すのが早いのだけど、僅かな疑念が拭い去れずにいた。
疑ってかかり、何も出てこなければ信心も深まっていいだろう。
ハリネを裏に回らせ、この場にいないのはちょうどよかった。
しかし、男は口も目も閉ざして答える気はなさそうだった。
『傷よ癒えろ』
僕の魔法により、男の傷はほんの少しだけ癒えた。
「と、まあね、こんなことも出来るんですよ」
ほんの初級の魔法で完治には程遠いとはいえ、痛みは随分とマシになったはずである。驚いた二つの目が僕を見つめていた。
僕も初めて回復魔法をかけて貰った時はこんな顔になった。そうして思わずステアを好きになったりもしたものだけど、こんな場面で僕に惚れられても困る。
『雷光矢!』
魔力球は押さえた手ごとわき腹を消し飛ばし、治癒する前と同じくらいのダメージを男に与えた。
男の表情が再び苦悶に染まる。
「まあ、こっちの方が得意なんですけどね。どうします。話しますか?」
「は……話すから勘弁してくれぇ」
一度希望を持たせて突き放すというのは、人間の意地を砕くのに有効な手法である。いつの間にか男の服は脂汗でびっしょりと濡れていた。
「盗品、というかスリの戦果がここにあると聞いてきたんですけど、どこですか?」
「樽に入れて家畜小屋の藁のところに埋めてある。行けばわかる」
今度は質問に対する答えがすんなりと出て来た。
息が荒い。切創よりも欠損というのは不安感をもたらすものである。
「大丈夫ですよ。回復魔法を使えば欠損も治りますから、落ち着いてください。それで、どこから来て、なぜここへ?」
「国は持っていない。放浪の一族だ。ここには呼ばれて来た」
きな臭さが鼻の奥を漂い、僕は目を細めた。
「誰に?」
呼ばれて来たのだとして、一般的に言ってスリを呼び寄せて得することなどあまりないのじゃなかろうか。
しかし、それも僕のような善良な一般人による考えだ。
こういうのをうまく利用しようとしている者が都市にいることは事実である。
「誰に呼ばれたのか、詳しくは知らない。頭領か、その息子だけが行動を決め、他は着いていくだけだ」
男は下唇を噛みながら苦しそうな表情を浮かべる。
本当に知らないのか。隠しているのか。そこまでの深層は読み取れない。
「じゃあ、その族長はどこにいるんですか。ひょっとしてこの牧場に居ますか?」
もしそうならシグとビーゴを急いで止めなければいけない。
シグに殺す気がなくとも致命傷じゃなくたって衝撃で死ぬことはあるし、倒れたはずみに頭を打つこともある。
興奮して血を流しすぎても会話は出来なくなる。
「外に……市街地で仕事を」
それならよかった。彼らには存分に暴れて貰おう。
男の顔色はどんどん悪くなっていく。
流れ出る血液が体温を持って出る為、寒いのだろう。唇は小刻みに震えていた。
「じゃあ、最後です。都市で起こっている殺人事件について心当たりは」
「さ……さ、つ」
男はたわごとのように唇を動かすとそれきり意味のある言葉を発さなくなった。
「用が済んだのなら殺してあげたらいいのに」
声を掛けられ、振り向くとビーゴが立っていた。
いつの間にか騒音が止まっているので戦闘は終了したのだろう。
「シグは?」
「裏口から何人か逃げましたので、そちらを追っています。まあ、パラゴさんが回り込んでるから逃がしはしないでしょうけど」
荒事には腰が引けるパラゴも、それくらいは信頼されているらしい。
確かにあの男は周到だし、ましてハリネがついているので逃がしたりはしないだろう。
「ま、そんなことよりもね師匠」
ビーゴは手近な椅子を引っ張ると、腰を下ろした。
いつも飄々とした男にしては真剣な目つきをしている。
「そろそろ教えてほしいんです。師匠が持っている禁術や秘術を。学校で習った魔法くらいじゃ、最近は火力不足を痛感していまして」
迷宮も深く潜れば、そこらの虫だって強力な魔力障壁で魔法をかき散らす。
そうなると、他に技能の無い純粋魔法使いはどうしても戦力になりづらくなり、冒険者としての生き方に終止符を打つしかなくなるのだ。
この壁を破るのには例えばウル師匠やゼタがやったように新しい魔法を開発して戦い方そのものを変えていくしかない。
「ねえ、お願いしますよ」
ビーゴの口調はいつになく焦りと、真剣味を帯びていた。
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