第390話 相棒
スリの一味が潜むのは都市から二時間ほど歩いた先にある農場跡地だった。
都市から離れた場所にあるそこは、かつて『挽肉』エランジェスが営んでいた食肉製造施設である。
往時は死体処理の請負もしていたという噂の施設は、都市への運搬業務も含めてエランジェスの懐を大いに潤していたのだという。
しかし、施設の主が都市を追われて以降、より都市へ近い農場が建設され、今では放棄されてしまい、たまに盗賊が仮宿にするくらいしか利用されていない。
本来であればこんな施設は正式な手続きを踏んで誰かが占用するか、領主府が接収するのだけど、みんながエランジェスを恐れた結果、誰も手を伸ばさなかったのだ。
コルネリはまだスリを追っているので、構成員の多くはまだ都市内で働いているのだろう。さて、アジトには何人残っているものか。
僕たちは林に隠れて廃農場の様子を覗う。
サンサネラもスリを追いかけたままだし、マーロも芝居をさせたことにヘソを曲げたのか、はぐれたままだ。
とすると、こちらのメンツはハリネにアル、パラゴと僕である。
荒事に不安が残る人員構成に、どうしたものか悩んでいると、パラゴが僕の背中を叩いた。
「あれ」
僕は思わず声を出して驚く。
都市から農園までの道を二つの人影が歩いてくる。二つとも、よく見知った顔だった。
「シグだね」
僕がかつて所属し、いまも活躍しているシガーフル隊のリーダーである。
横を歩くローブの男は僕と入れ違いでシガーフル隊に入ったビーゴだろう。
僕は魔力を練ると小さな魔力球を生み出し、彼らの眼前に着弾させた。
小さな音を立てて消滅する魔力球は、果たして僕たちの存在を彼らに知らせることが出来た。
「あ、師匠! 何やってるんですかそんなところに固まって?」
しかし何のために声を掛けなかったのか、その意図は伝わらなかったようでビーゴは大声でこちらに呼びかけ、さらには手まで振っている。
彼らが歩いている道は廃農場で終わっており、そうなると目的地もそこしかない。
せっかく身を隠していたのに、廃農場に見張りがいれば発見されてしまったことになる。
不意打ちはもう効かないと思った方がいい。
僕はため息をついて、せめて人数は知られまいと仲間たちに隠れ続けるように指示すると、一人で林から出て彼らと対面した。
「君たちこそ何やってんのさ」
目的地は一緒でも、目的は違うかもしれない。
「何って、殺人事件の調査ですよ。あれ、師匠たちは違うんですか?」
案の定、ビーゴは僕が考えてもいなかった目的を述べた。
しかも、案外と物騒な発言である。
「殺人事件?」
この都市では割と、簡単に人が死ぬ。
喧嘩もあれば組織内のリンチもある。市民が奴隷をいたぶった末に殺してしまうこともある。
しかし、どれも隠されることは少ない。
犯人は都市から逃げていくか、平然としているか、領主府に金を納めるかのいずれだ。
まるで通り魔でも出たみたい……。そこまで考えてようやく思い出した。
通り魔的殺人が昼日中に行われ、僕はサンサネラとともに居合わせていた。
ただ、同時に行われた集団スリに知人が狙われた為、何となくそちらばかりを追っかけていたのだ。
「オマエ、まさか知らないのか?」
シグがギョッとした表情で僕を見た。
知らないどころか居合わせていたんだけど。
「まあまあ、師匠はちょっとヘンテコでズレてるところもありますから」
ビーゴが間に入ってとりなすのだけど、こいつにだけは言われたくない。
「いや、知ってるよ。銀行の前で何人か死んでるのを見たしさ」
僕の反論に、シグが力なく首を振る。
「それは事件のほんの一部だよ。貴族から市民、商人から冒険者まで幅広く殺されている。それで領主府は冒険者組合に協力要請を出したんだ。地上にいる主だった連中が何人か動員されているぜ」
時々、都市周辺の賊退治など正規兵の手が回りきらない任務に冒険者が動員されることはあった。
迷宮よりは生存率が高く、拘束時間も短い。その上、そう高い額ではないが報奨金と名誉もついてくるとあって生真面目な連中には好まれる仕事だった。
「へえ、じゃあその一環であの廃農場を調べに来たの?」
なるほど、人が立ち寄らない施設は確かに殺人犯が潜むには都合がよかろう。
「っていうか逆に、師匠たちはこんなところで何を?」
ビーゴが廃農場を見ながら不思議そうな表情で聞いた。
僕は彼らにスリを追うことになった事情と、捕獲したスリの自白によってここまで来たことをかいつまんで説明する。
すると、ビーゴが大げさに反応し、シグの方に振り返った。
「あれ、それは無駄足でしたね。それじゃ、僕たちは次のところへ行きましょうかシグさん」
もしかすると、彼にとって僕らはシグと二人きりの時間に立ち入る邪魔者に見えるのかもしれない。
だけどせっかくやってきた前衛戦士を逃す手もなかろう。
「まあ、待ってよ。スリの連中が殺人犯と無関係とは限らないしさ、僕たちだけって言うのも戦力的に不安だからせめて廃農場の制圧までつき合っていってよ」
僕が引き留めると、シグはそれもそうだと頷きあっさりと承諾してくれた。
僕たちはこれでも親友同士なのだから当然の結論ともいえる。
ビーゴは師匠に対するものとは思えない視線をこちらに向けているのだけど、軽やかに無視して廃農場へ歩き出した。
なんだかんだシグと一緒に行動するのは久しぶりである。
「君たちは林づたいに回り込んでよ」
声をかけるとパラゴが手を挙げて応える。
彼もシガーフル隊なのだから連携は十分。
背後からの殺気にさえ目をつむれば懐かしささえ感じて心騒ぐ心境であった。
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