第382話 種を蒔く男
「それで、ジャンカをどうするんですか?」
僕はガルダに聞いた。
もし、とんでもなくひどい目に合うのであれば同情する心構えをしておかなければならない。
「どうといや、まあいろいろだけど、しいて言うなら『奇貨居くべし』だな」
「はあ?」
あまりにも具体性がない答えに、僕は首を傾げた。
「学がねえな。だが、あんまり気にするな。それより先輩もたまには奴隷解放の運動をしてみろよ」
ガルダが鼻で笑い、僕に言う。
確かに僕は奴隷制反対を訴える組織の代表に名を連ねていた。無理やり押し付けられたので本当に名ばかりだけど。
しかも副会長はガルダの妻であるネルハだ。奴隷商組合の組合長がガルダなのだから、そこに関わりたいわけがない。
「あの、こう言ったらなんですけど、僕はあんまり悪だくみとか苦手なんですよね」
「悪だくみなんか苦手でいいんだよ。せこい悪だくみは酒場のオヤジにでも任せとけ。オマエは奴隷上がりの有名人なんだから、正々堂々としていりゃいい。それで少しでも市民の気運が反奴隷制になれば儲けものだ。ネルハを通じて奴隷商連中に圧力をかけてやる」
そうして競合のいなくなった市場にガルダだけが残るのか。
いやな話だ。
「でも、ガルダさんはノラさんと迷宮に沈んでいくんでしょう。そのあとこの都市のことはどうするつもりですか?」
あの世に金貨を持っていけないように、迷宮から帰らないのであればこの都市にいくら財宝を積んでいても無意味だ。
でも、ガルダは当たり前の顔で「知らん」と言った。
「俺がいなくなった後のことなんて俺が考えてどうする。いいか先輩、経済ってのは必ずそこにいる人間で回し、広げていくもんなんだぞ。今、俺はここにいて都市経済の末端に繋がっている。だが、切り離されたあとのことに興味なんかあるもんか。そういうのは欲ボケのジジイが心配することだ」
「そんじゃあ、アッシにいくらか分けてくれよ」
サンサネラがニヤリと笑って口を開く。
彼は金銭を欲して僕と行動を共にしているのだ。
「だからな、『知らねえ』んだよ。俺は俺のいなくなった後のことを全部な。ガルダ商会は俺がいなけりゃ瓦解して幾つかに分かれるだろ。真っ当に考えりゃ一部はラタトル商会に吸収される。ネルハも書類の上は妻だから財産や商会運営を引き継ぐ権利はある。また、お嬢ちゃんの新教会や『荒野の家教会』も無縁じゃないから手を伸ばしてくるかもな。それから領主府も財産没収に動く。そうやってみんなが仲良く分け合う中に肩を入れて入って行けよ。上手くやれば大金を掴めるだろうぜ」
ガルダは楽しそうに笑う。混沌を旨とする悪党特有の笑顔だ。
大量の血を流して築いたはずの財産に、見事に執着がない。
ただ、他人事のように語る口調。この男はもしかすると、迷宮へ落ちた後に地上のいざこざを想像して楽しむため、わざわざ大金を積み上げたのだろうか。
「んんん、それなら狙いはアンタが迷宮に落ちてすぐだねえ。金庫に潜り込もうか」
サンサネラが尻尾をヒュンと振って笑うように言った。
「サンサネラ、冗談でもそういうことは言わないでよ。君の路銀は僕も一緒に稼ぐからさ」
僕は慌ててサンサネラを諫める。
どう考えても、同じことを考える者が他にも出てくるのだ。
もし、そんな連中に遭遇すれば間違いなく殺し合いである。
不穏な金には手を出さないのが一番いいのだ。
了解したのかどうか、サンサネラは真っ赤な舌を出して目を細める。
「ま、冗談はそれくらいにして。なあ、先輩。もしその日が来たらヒゲの動向に気を配れよ。アイツも相当きな臭い。いっそのこと都市からみんな連れて逃げるか、精一杯すり寄るか、今のうちから考えとけ。中途半端な対応が一番マズいからな」
その声はぞっとする程冷たく、同時に熱を帯びていた。
「ブラントさんがどうかしたんですか?」
「あいつ、ここのところずっと俺が遊んでやってたんだ。俺がいなくなったら、誰かが代わりに遊んでやらねえと、あいつは退屈して元の目的を思い出すぜ」
ガルダの言う『ブラントの目的』がなんなのか僕は知らない。知りたくもない。
そうして、おそらく繰り広げられていたのであろう暗闘についても。
僕はなんとなく言葉に詰まり、辺りには静寂が満ちた。
※
都市に戻ると、僕とサンサネラは銀行へ向かった。
すっかり夕闇が近づいてきていたのだけど、窓口が閉まる前には間に合い、小切手を処理することが出来た。
各支払いの決済口座へ入金し、同時にいくらかをサンサネラの個人口座に送金する。
サンサネラがこの都市を去るとき、解約して路銀に充てられるだろう。
「じゃあ、アッシもアルに会ってから帰るかねえ」
サンサネラは陽気な口調で言うと、髭をピクピク動かす。
と、通りから悲鳴が聞こえてきた。
僕たちは顔を見合わせるとそっと出口に近づき、外を覗った。
銀行は都市でも最も大きい通りに面している。そのため、騒ぎが近くで起こるのは珍しいことではない。
珍しくはないが、だからといって気にしないほど豪胆ではいられず、いきなり駆けつける度胸もない。
そういった面で僕たちはよく似ていた。
「ありゃ、何人か死んでるようですぜ。アナンシさん」
長く伸びたサンサネラの舌が唇を舐める。
彼の言うとおり、路上には何人かが転がっており、遠目にも彼らが無事でないだろうことは判別できた。
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