第383話 捕り物

「毒かねえ?」


 野次馬が囲んで、見えたのは一瞬だったけれども倒れた連中は喉を押さえていたし、顔色もおかしかった。

 人混みが更に覆い隠し、ここから覗いていてもなにも見えそうにないので僕たちも入り口から離れた。

 銀行の待合い椅子に座って入り口を窺う。

 そこにも一拍遅れて大路を覗く人々が群れていた。


「いずれにせよ、今は出ない方がいいね。もうすぐ警邏の兵士がやってくるだろうし、それに巻き込まれたら面倒だ」


 こういう場合、兵士たちは周囲にいる怪しい人物を可能な限り浚っていく。

 その中に犯人がいるかは重要ではなく、状況を把握するためなのだろうけども、捕まると数日は牢屋暮らしとなる。

 予期せず起こった騒動に銀行員たちもどうしたものか顔を見合わせていた。営業時間は既に過ぎていて、本来なら客を追い出すのだろうけどそうするべきかどうかの判断も付くまい。

 しかし、毒だとするとジャンカの縁者だろうか。

 被害者の筋が確認出来ないので何ともいえないけど、ガルダとのもめ事の余波かもしれない。

 

「アナンシさん、ほらあれ」


 サンサネラが外を指さす。

 予想通り、警邏の兵士たちが現れて周囲の目撃者を確保していた。

 なんせ常人離れした冒険者上がりの兵士たちだ。手際よく、次々に群衆を確保していく。

 と、逃げまどう衆人の中に見覚えのある顔を見つけた。

 ビウムの側女であるパフィだ。

 パフィは突然の騒動に慌てて周囲を見回している。このまま行けば兵士は問題なく彼女を捕まえる。

 彼女は僕に助けられても、むしろ屈辱なのではないだろうか。

 そんなことが脳裏をよぎらないでもなかったけれど、知り合いを見捨てるのははばかられるし、彼女が戻らないとビウムも困るだろう。

 僕は腹を決め、立ち上がった。

 出入り口付近の野次馬を押し退け、大路に出る。

 ざっと見回すと、派遣された兵士は二班、十二人だった。

 後ろ手に縛られた『参考人』は既に三十人ほど転がっている。

 目の前で中年を縛り上げた兵士が、すぐに僕をめがけて進んできた。

 しかし、手を伸ばすよりも早く、サンサネラを見つけて仰け反る。

 

「すみません、兵隊さん。僕たちは銀行から出てきたところ何でなにも知りません。通して貰えますか?」


「あ、ああ。それなら行きなさい。気を付けて」


 泳ぐ彼の視線から、僕が『魔物使い』だと知っているのだろう事が読みとれた。

 面倒な連中に関わって時間を潰す気はないようで、すぐに次の獲物を定めて走っていった。

 パフィの方を見ると、まさに兵士から捕まり後ろ手を縛られているところだった。

 

「あの、すみません」


 パフィを強引に引き倒す兵士に、僕はおずおずと声を掛ける。

 まだ若い兵士は女性で、紐を縛る動きは止めないままにこちらをにらんだ。


「なんだ、貴様は?」


 彼女の視線は僕とサンサネラを舐めるが、こちらは相手によって態度を変える気はないらしい。

 

「ああ、いや兵隊さんじゃなくて、そっちの捕まってる方。パフィ、おおい」


 地面に顔をこすりつけているパフィが僕を見て驚いた表情を浮かべた。

 

「アナンシ様……」


 彼女に取ってみれば僕は愛する妹を殺した男である。

 本来は顔も見たくないだろう。

 

「助けようか?」


 しかし、パフィは渋い顔で「結構です」と呟く。 


「ああ、そう。邪魔して悪かったね」


 彼女が望まないのであれば、手を出す気はない。

 せいぜい、数日の拘留と取り調べを受ければそれで帰ってこられるのだ。

 僕はその場を去るべく、パフィに背を向ける。


「まあ、まあ、まあ。待ちなよアナンシさん。パフィも意地を張ってるだけだろうさ。若い身空で牢屋なんか入れられたって禄なことはありゃしない。そうだろ、パフィ」


 背を向けようとした僕を強引に振り向かせ、サンサネラが言う。

 同時に、女兵士のロープを掴んで、最後の固定を妨害していた。


「なんだ獣人、邪魔をするなら斬り捨てるぞ!」

 

 女兵士は立ち上がると、短刀を引き抜いた。

 よく磨かれた刀身が夕日を受けてギラリと光る。

 対するサンサネラは腰の得物を用いる気がないらしく、へらへらと笑いながら両手を挙げた。


「んなぁ兵隊さん、怖いこと言うなよ。なにも仕事の邪魔をしようってんじゃない。アッシらは善良な市民で、一度だって領主府にたてついた事はない。ただ、こちらのお嬢さんはラタトル商会長のお屋敷に住まう、ちゃんとした子だからね」


 サンサネラの言葉に、さすがの女兵士も表情を崩した。

 ラタトル商会といえばこのごろは商店会連合の重役に名を連ね、配下の商人も含めて一大勢力を誇る大商人である。

 その縁者を無碍にすれば領主府に苦情が付きかねず、そうなれば兵士の出世や配属に影響を生むかもしれない。

 もちろん、いくら権力があろうと小心者のご主人がそんな事で苦情を入れるかといえば、入れないんだろうけども。

 

「だからさ兵隊さん、見逃せとは言わないよ。聞きたい事があれば出頭させる。身元もしっかりしているんだし、わざわざ牢屋に入れる必要はないだろ。そんなわけで、貰っていくが、いいね?」


 女兵士は黙ったまま短刀を鞘に納め、ふい、と横を向く。

 さっさと連れて行けと言うことだろう。

 サンサネラが縛られたままのパフィをヒョイと担ぎ上げると、僕たちはその場を後にした。


 ※


 近くの公園まで小走りで移動し、もう大丈夫だろうとパフィを下ろす。

 サンサネラは短刀で手早く紐を切り、パフィを自由にしてやった。


「ありがとうございます」


 泥にまみれた服と顔でパフィは深々と頭を下げる。

 かわいそうに、頬はすりむけて血が滲んでいた。

 

「気にしないで。じゃ、ビウムによろしく」


 なんとなく勢いで助けたものの、会話をするほど親しくない。

 気まずくなって僕はそれだけ言うと公園の出口に向かった。

 

「あの……」


 背後からパフィの声が僕たちを呼び止める。


「いや、本当に気にしなくていいから」

 

 しかし、パフィの泣きそうな顔はどうやらお礼を言いたいわけではないらしい。


「あの、私の財布を知りませんか?」


 本心では殺したいほど憎いはずの僕に、パフィはすがるように訊ねた。

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