第369話 不在

 青いリボンを使って地下十五階に飛ぶと、まだ一号が戻った気配は無かった。

 前回、アルを預かってからまだそれほど時間はたっていないので、仕方無かろう。

 彼女は抵抗無く迷宮を上下する、特異な魔物である。それでも、やはり深い階層を好むという点で迷宮の影響から自由ではいられないのだ。

 必ず戻ってくるだろうけど、早い再会を望みたい。

 僕は仲間を促して早々に主がいない部屋を出た。

 

 

「時間の短縮にはなるな」


 ノラが刀を抜きながら言った。

 ロバートとサンサネラも武器を構える。

 

「僕にしか通れない道ですけどね」


 地下十五階への直通路を使うには魔力の操作と一号が拵えてくれた青いリボンが必要で、どちらかが欠けても通ることは出来ない。

 もっともウル師匠の様に『転移』の魔法を覚えた高位魔法使いならそんな道を利用する必要もないのだけど。

 

「いや、そんなことより……!」


 ジャンカだけが仰け反って腰を抜かさんばかりに凍り付いていた。

 一号の部屋を出て、二つ角を曲がった先で僕たちの前に現れたのは金属の皮膚を持った巨人だった。

 目も鼻も口もない鏡のようにツルリとした顔と、妙に長い手足を持ち、身長は常人の三倍はあろうか。体つきは丸みを帯びて、鈍い光沢を放っていた。

 それが六体である。

 動きは鈍いが、物理攻撃も魔法も利きにくく力も強い。

 この辺りでは難敵である。

 

 カチン!


 甲高い音がこだまする。

 戦闘はモモックの一撃から始まった。

 分厚い鉄板に穴を開ける一撃はしかし、胸部の滑らかな肌に弾かれて有効打にはならなかった。

 襲いかかってくる手をしゃがみ込んでかわしたロバートは分厚い長剣を持って逆襲に転じる。

 ゴツ、という巨岩が転がった様な音を立てて長剣は金属巨人の足をひしゃげさせた。

 サンサネラはバランスを崩した金属巨人に駆け上がると、勢いのまま脳天にナイフを突き刺す。

 引き抜いて離れると、金属巨人はゆっくり倒れ伏した。

 それを踏み越えて襲いかかってくる金属巨人からサンサネラが逃げ、それを庇うようにノラが進み出ていた。

 ノラの一刀は全てを切り裂く勢いで斬り上げられ、獲物を両断する。

 明らかに刀身が届いていない部分まで切断された金属巨人は二つに分かれて地面に崩れた。切断面が見事に鏡のようなのはノラの腕前ゆえだろう。

 

「こらジャンカ、剣士を気取ってツヤ付けるとやったらせめて武器でん握らんか!」


 モモックがジャンカの尻を蹴飛ばすのを見ながら、僕も魔力を練っていく。

 周囲を満たす濃厚な魔力と巨大な的。高揚感がつま先から駆け上がってくるのを感じた。

 

『灼炎!』


 大きな魔法球が巨人の群に飛び込んでいき、発動。

 猛烈な熱と光をまき散らした。

 一呼吸の後、光が消えると三体の金属巨人が溶けて動かなくなっていた。

 最後の一体も片腕が肘からドロリと溶けている。

 と、僕の背後からコルネリが飛び出していった。

 コルネリは金属巨人の頭頂部付近を飛びまわり、キーキーとわめく。

 金属巨人がそれを追うように顔を上げた瞬間、無防備な首、頭部の付け根にモモックの一撃が決まった。

 動きの中で狙うのは簡単なことではないが、それでも可動部の皮膚は柔らかかったのだろう。

 喉元に穴を開けられた金属巨人はゆっくりと傾き、ドウと倒れた。

 戦闘は終了。ほぼ完勝だった。


「こんなの、神話の世界の化け物ではないか……」


 呻く様に呟くジャンカだけが欠点だったのだけど、それも承知で連れてきたのだから僕は怒らない。それにどうせ、なんの役にも立たないのだから身を守ることに徹して貰った方がやりづらい。

 ただし、モモックはわかりやすく怒っていた。


「なん、結局剣も抜かんでなんばしよると? 相手がどがんバケモンでんが倒さな死ぬっぜ」


 まあ、ついでだ。

 戻ってきたコルネリをなで回しながら僕も言葉を並べる。

 

「ジャンカさん、ご自慢の剣技を振るいたいなら次の戦闘でサンサネラと入れ替えてもいいですけど」


 僕の提案にジャンカは無言で首を振った。

 自分の、というか尋常の範囲に収まる実力の高低などこの場ではなんの意味もないと理解して貰えたようで良かった。

 

「それで、今回は腕を振り回すだけの攻撃方法しか持たない魔物だったから良かったけど、もし魔法や炎の息などを吹く魔物だったら、後衛でも攻撃を受けます」


 そうして、ほぼ新人冒険者といっていいジャンカなど、簡単に蒸発してしまうのだ。あえては言わないけど。


「そういう場合、決して動かないでください。下手に動き回られると僕にも守れません」


 忠告にも、何度も頷いてジャンカは応える。

 なんだ、いい生徒じゃないか。

 

「アナンシさん、これ」


 サンサネラが僕を呼んだ。

 彼は路銀を稼ぐ為に魔物の財宝を積極的に狙う。

 今回も、金属巨人たちが戦闘の直前に隠した皮袋と宝箱を見つけて引っ張り出していた。

 皮袋には金貨や宝石が両手の平に一杯分ほど入っており、サンサネラが僕のリュックにしまい込んだ。

 どうやって作られたのか、金属で作られた箱は大きく、サンサネラでも抱えられそうにはなかった。

 

「宝箱の方は……止めておくかねえ」


 サンサネラが肩をすくめる。

 サンサネラは手先が起用で、浅い階層なら罠のかかった宝箱も開けるのだけど、この深さになれば罠も複雑になってくる。

 サンサネラの命と比べれば価値のある宝物もあるまい。

 僕も賛成して宝箱の開錠は見送ることになった。

 ガルダを抱え、宝箱を開けるのには苦労しないのだろう。ノラが僕たちのやりとりを不思議そうな表情で見つめていた。

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