第363話 おしゃべりタイム

 結局、次のゴブリン戦でジャンカの実力は見えた。

 さっくりとゴブリンの頭を割る彼は、冒険者組合の学生としてなら優秀で、半分短縮程度の早期卒業は間違いないだろう。

 ただし、即座に地下を駆け下りれるかというと、それほどの才能はない。

 

「悪くないだろ?」


 戦闘が終わってすぐ、ロバートが僕の肩に手を置いた。

 ほんのそれだけで背中には鳥肌が広がる。

 どうしてもアンドリューから受け継いだ苦手意識が脳裏に浮かぶのだ。

 僕はそっと距離をとりながらロバートの方に向き直った。

 

「悪くはないですけど、特別に良くもないです。もう少し腕利きなら五人で、とも思ったんですけど、これならもう一人入れた方がいいでしょうね」


 とすると誰かな。

 回復魔法の専門家ならステア。戦闘にも耐えられ、回復魔法も使えるギー。いっそのこと戦士をもう一人入れて、ジャンカを後ろにさげてしまうのもいい。

 可能ならシグ。そうでなければマーロか、妙に考え込んでめっきり老け込んだベリコガか。

 などと考えていると座って休憩を取っていたジャンカが立ち上がっていた。


「貴様、今の言葉をもう一回言ってみろ!」


「悪くはないけど、特別に良くもない。もう少し腕利きなら五人で、とも思ったのだけど、期待はずれで大変に残念……これでいいですか?」


 自分から聞いておきながら、僕がもう一度同じ事を言うとジャンカは鼻白んで顔を歪める。

 

「ねえジャンカ王子、残念ですけどここは迷宮の中です。外の権力はほんの一部しか持ち込めない。そうして、権力を剥かれたあなたはここにいる誰よりも弱い。この事実を良く覚えていてください。これは指導の一部です」

 

 教授騎士をやっていて、さすがに王子を指導したことはないのだけれど、出自を誇る生徒も幾人かは受け持った。

 というわけで、遠慮もなにもない。事実を告げるとジャンカはハッとして周囲を見回した。

 用心棒に抱えるロバートはもとより、闇にとけ込むようなサンサネラより、なんなら足下に転がるモモックよりも戦力になっていないのだ。

 

「よかって、アイヤン。そんな当たり前の事をワザワザいわんでも」


 モモックはごろりと寝そべって、不機嫌そうに口を開いた。

 

「それを言葉にせんでん、やりようはあろうが。ワザワザ言葉に出してへこませて、そんやり方は見苦しかばい」


「待ってよ、モモック。ジャンカさんは僕に指導を頼んだんでしょ。だったら、君が物知り顔で横から口を挟む方が見苦しいんじゃないの?」


 そもそも、僕がここに至ったのにもモモックが大きく関わっている。

 どの口で僕の批判などするのだろうか。


「アナンシさん、落ち着きな。らしくないぜ」


 壁際から鋭い声を飛ばしたのはサンサネラだ。

 彼が言う言葉には一定の信頼を常におく。そう決めていた。

 ということは、やはり取り乱しているのだろうか。

 

「新顔の猫は関らんどけ。今はオイとこのアイヤンの話やろ!」


 立ち上がったモモックはこちらを睨んだ。

 その手前でジャンカは怒ったような顔でどうしたものか成り行きをうかがっている。

 腹の底から息を吐くと、入ってくる空気と魔力が頭をはっきりさせた。

 どうもイヤなことが続くと思考がボケる。当たり前のことか。


「モモック、それじゃあ話し合いをしっかりしよう」


 殺し合いじゃなければ、それもいい。

 

「ロバートさん、ジャンカさん、サンサネラも」


 少なくとも、今はパーティなのだ。

 全員の名前を呼んで注目をこちらに向けた。

 

「まず、今回の任務について、僕は一方的に巻き込まれた方だと自認しています。つまり、やらなくても良いのだと。だからジャンカさん、もし気に障ったときは言ってくれたらすぐに指導を中止しますよ」


 まず前提を広げる。

 すべてはこの上に乗って話をしてもらわなければいけない。


「さて、ジャンカさん。あなたが決めるのは僕に師事するかどうか。その先、行程やパーティの編成はすべて僕が決める事になります。どうしますか?」


 話の筋から離れ、モモックはこれ見よがしに舌打ちをして再び腰を下ろす。

 ロバートも話を聞く姿勢なのは大いに助かった。

 迷宮も入り口に近いようなこんなところで二手に分かれて殺し合いをするのはいかにも間抜けがすぎる。

 

「ちなみに僕としては前衛をもう一人入れる事をお勧めします」


 当然、ジャンカを後衛に下げるのだ。

 前衛をしっかりしておけば魔法や息系の攻撃を除いて、後衛はほとんど攻撃を受けることがない。そしてたとえ後衛で突っ立っているだけでも戦闘に参加していれば順応は進む。

 パーティが深い層で戦い続ければ技術的な事はともかく、ジャンカの順応は進んで行くので純粋な能力は上がっていくはずだ。

 これが一番早く、楽でなにも考えなくていい。

 真意はしらないけども、ガルダもそれを望んでいるらしい。

 さっさと終わらせて、こんな連中とは縁を切ってしまおう。

 しかし、水を向けられたジャンカは視線を伏せて考え込んだ。

 

「どうでもいいけど、そろそろ進もう。今日、今すぐって話じゃないんだから考える時間は沢山あるだろ」


 しばらくの沈黙の後、口を開いたのはサンサネラだった。

 彼の言うとおりで、ジャンカに考えておくように言うと、僕たちは迷宮探索を再開した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る