第361話 価値観

「ねえ、ガルダさん。砂漠で無法を働きました?」


 数人の護衛を引き連れてやってきたガルダにジャンカの発言を並べて問うと、ガルダは楽しそうに笑った。

 

「法ってのがあいつらの国の法律の事なら、そうだろう」


「徴税吏の虐殺は?」


「武装強盗は全部殺すように指示したからその内のどれかが徴税吏だというなら殺してるさ」


 多忙なガルダは砂漠の隊商を配下に任せ、冒険者から引き上げた護衛を多く随行させているらしい。

 それを襲ったって多少の勢力では返り討ちが山だろう。

 

「砂漠の行程っていうのは補給の関係でどうしても通過しなけりゃならん点がいくつかある。そういうところには国が出来ていくわけだが、隊商が補給時に落とす現金や市場での売買、井戸の使用料、それに通行料で栄えている。もちろん、世の中には相場って物がある。俺は事前に国王と会って話は通してあるのさ。そうして、事前に取り決めた分は支払いをした。向こうが欲を掻かなきゃ万事、事は無しのはずだった」


 バチバチと顔を叩かれる監視者を恐ろしく冷たい目で見下ろし、ガルダはようやくカルコーマを止めた。


「しかし、こちらは何度も襲撃を受けてその都度返り討ちにした。そう報告を受けているぜ。口上でもありゃ別だが、襲ってきた奴に『あなたは夜盗か、それとも役人か?』なんて問いたださんだろう」

 

「でも、それって変じゃないですか。隊商が行き交って国が栄えるのなら、隊商が途絶える様なまねは自分の首を締めるのと変わらないんじゃ……」


 頭に浮いた疑問が口からついて出る。

 女の働きからカスリをとるヒモが追い込みすぎて女に逃げられると結局は損だ。なにを思ってジャンカの国はそんな行動に出たのだろう。


「そりゃ、その通りだが組織も大きくなるとその中で利益対立が沸く。国としては損をしても、得をする下っ端の構成員は行動するのかもしれない。あるいはお偉方に理屈も解らんバカが混ざっている可能性だってある。やる理由はいくらでも並べられるが、まあ今回は心当たりもある。今のところ調査中だ」


 と、ガルダは呆然としていた監視者の横腹を蹴りつけた。

 鈍い音が響き、監視者は血の混じったヨダレを垂らしながらうずくまる。


「こいつを連れて行け。あと酒場にも寄ってもう一人も回収しとけ」


 ガルダが指示を出すと、護衛の内、二人が監視者の後ろ手を縛り、連れ去っていった。


「で、まあジャンカといったか。その王子を逃がしたのも計画の内なんだ。まさか先輩んとこの大ネズミが噛んでくるとは思わなかったが、おかげで自然な脱走を演出せずに済んだ。というか、まさか手も回していないのに先輩が巻き込まれたのも報告を聴いて笑っちまったけどな」


 クツクツと笑うガルダに僕はムッとして言い返す。


「僕としては陰謀の類に関わるのはイヤなんですけど、あとの対処は引き継いでもらえます?」


 話をまとめるにしても、皆殺しにするにしてもガルダが直接さばけばいいのだ。

 しかし、ガルダは懐から財布を引っ張り出すと僕に差し出した。

 

「いや、先輩。このまま続けてくれよ、教官ごっこ。俺からの依頼で謝礼も出す。もうちょっと泳がせたいんでな」


「……僕の家族を全部、綺麗にまるっと守ってくれるのなら」


 僕はため息を吐いて財布を受け取る。

 ジャンカとガルダ、両方を敵に回すのだけは避けたかった。

 どちらかに着かなければならないのであれば損得関係がいくらかでも重なるガルダの方が信頼しやすい。

 

「任せとけって、先輩。周囲に手下を配置するよ。小雨にも言付けておく。いくら色ボケしていようと、アイツの警戒を抜けられる奴はそういねえよ」

 

 色ボケというか、小雨は妊婦なのだけど問題はないのだろうか。

 しかし、僕が自力で腕を振り回すよりも家族の安全は保たれる。それは間違いなかろう。

 

「わかりました。上手くやるので、そちらも上手くやってくださいね」


「おう。下手は打たないさ」


 頼もしく言うこの小男の言葉は、どうしても信じたくなる不思議な響きをしていて困る。

 話が済んだなら戻るかと立ち上がって、不意に気になる事を思い出した。


「あの、ノラさんは成り果てて迷宮に沈むつもりなんですよね? 小雨さんはそれに着いていけないと。だから新メンバーを捜していると聞いたんですけど、お二人はどうするんですか?」


 僕の質問に、二人は一様に顔をしかめる。

 まるで、僕の質問が理解できないような顔だ。

 ガルダは首を傾げて僕を見る。


「どうってオマエ、バカじゃないのか。俺はアイツについてここまで来たんだぜ。アイツが迷宮の奥まで行くって言うのなら一緒に行くだろ」


 あまりに当たり前に言うので、僕はあっけに取られてしまった。

 とても意外だ。僕は彼のことを守銭奴だと思っていたし、なんだかんだいってもこの都市に築いた財産を捨てることはないと思っていたのだ。


「アイツの隣を、ここのところは小雨に譲ってやったが元々は俺の立ち位置だ。誰に譲る気もねえよ」


 ガルダはノラを金儲けの為の道具として見ているのだと、ずっと思っていた。でも、そうではなかったのだ。

 理由も知らぬ強烈な執着心を垣間見て、僕の背筋は泡立つ。

 

「え……カルコーマさんは?」


「行くさ。なにも考える事はないだろ?」


 こちらもわざわざ質問する意味が分からないといった様子で、僕を驚かせる。

 

「だって、もう戻って来られないんですよ!」


 薄暗い迷宮を永遠に徘徊し、いつか他者に打ち倒される日まで過ごす。

 それが残りの人生のすべてになる。この男はそれを理解していないのだろうか。

 

「あのなぁ、俺は拳闘士だぞ。拳闘士に穏やかな老後なんてあるわけないだろ。力が衰えりゃ、若手に殴り殺されてお終いだ。銭があれば人並みの死に方も許されるだろうが、俺の性分には合わねえわな。それならむしろ大将の敵討ちは渡りに船だ。戦って、戦って、戦って、どこまで行けるかは知らねえが、最後は負けてお終いさ。拳闘士らしくな」


 二人の狂気にも似た矜持に気圧され、僕はなにもいえなくなってしまったのだった。

 彼らはなにを捨てようと、迷わず進むのだろう。そうさせる指針をそれぞれが持っている。

 僕がいつの日か迷宮に沈むとしても、最後の最後まで彼らのようには割り切れず、躊躇いつつ落ちていくのだろう。

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