第357話 ロバートⅢ
「あのね、ジャンカさんっていいましたっけ?」
僕は項垂れたくなるのを我慢して、灰色の瞳を注視した。
意志が強そうで、尊大な態度と相まって苦手な人種だ。
「二、三確認したいんですけども、迷宮で強くなるっていったってすぐにはいかないんですよ。どれくらいの時間を考えていますか?」
「私はすぐにでもガルダを討ち、故郷に帰らねばならん。しいて言えば二か月後に予定されている妹の結婚式までには戻る」
大まじめな口調でジャンカは言うのだけれど、ガルダの暗殺がどんなに難しいか理解している様子はなかった。
ガルダ自身の職能は盗賊であり、正面から向き合った場合の戦闘能力は大したことない。
ロバートの方が確実に強かろう。
ジャンカがどの程度の腕利きかによるが、職能が戦士であれば短期間でも超えることは可能かもしれない。
しかし、ガルダが厄介なのは個人として腕力が強いからではない。
「いざとなれば故郷から軍を動員してでも私はやる」
軍を動員?
僕がきょとんとしていると、モモックが肩をすくめて笑った。
「アイヤン、このジャンカっちゅう坊やは砂漠の国の王子ばい。人を見る目のなかね」
「よい、モモック。私も王子であることは隠しているのだ。見抜けなくても仕方あるまい」
なるほど。
護衛料としてそれなりの金額をとるはずのロバートを従え、この立派な別荘に潜んでいるのだから、金があるとは思っていたが、王族だったのか。
しかしながら、僕は彼の国民ではないので当然有難味はなく、ただ厄介さだけを感じてしまう。
「えっと、ジャンカさん。その、軍隊を呼ぶと本格的な戦争になりますよね」
彼の国がどの程度の規模で、軍隊の動員力がどの程度かは知らない。
けれども、目下この国の王国軍主力は遥か西方を更に西進中だ。北方領は混乱が続いており、本領軍もあてにはなるまい。
となると、この都市に存在する軍事兵力は領主府が抱える精鋭兵百名ということになる。
個々の能力は圧倒的であろうが、相手が大軍であった場合に都市を防衛できるかははなはだ怪しい。
冒険者上がりの兵士たちは攻勢に投入してこそ真価を発揮するのだ。
個々の戦闘力なら現役の冒険者たちも大勢いるものの、本質的に個人の武勇と戦の勝敗が別物であることはブラントの下で教育を受けて知っている。
僕たちは迷宮の戦闘と探索に特化しており、それは野戦や軍事行動とは似て非なる能力なのだ。
「おい、目つきが怖いぜ」
背後からロバートの腕が伸びてきて、僕の体をきつく締めた。
やはり厄介なのはこの男か。
「ちょっと、やめてくださいよ!」
僕は不機嫌に言ってロバートの腕を振りほどく。
しかし、その腕は離れると見せかけて僕の首にそっと絡みついた。
「俺もな、お前を殺したくはないんだ。ちょっと協力してくれれば支払いも十分。それで良しとしようぜ」
それは、僕の細い首など一瞬でへし折れるという意思表示だろう。
「いや、駄目です。僕は軍隊でこの都市を蹂躙しようという人とは組めません」
戦争になれば誰が死ぬかわからないし、何を失うことになるかわからない。
ふと、思えば僕はこの都市にたくさんの大事なものを抱えていた。
「馬鹿者、軍隊はものの例えだ。もちろん、必要なら呼ぶが可能な限り私とその一党でガルダ征伐をやってのけるのだ」
隙を見て殺すか。
僕は脳裏にいくつかの手段を思い浮かべた。
迷宮に入り、後ろから魔法で撃てばジャンカは殺せる。しかし、ロバートは危うい。
わざと落とし穴に突き落とすのも、魔物に喰わせるのもモモックとロバートが邪魔になる。
ロバートに隙が無いのだ。
ジャンカの暗殺はとても困難で、だからこそ現状ではジャンカの要求を引き受けざるを得ないだろう。
僕は鼻で大きく息を吸い、胸を膨らませた。
「前金で金貨五百枚。それとは別に、一日ごとに金貨百枚の支払いをお願いします。商売として請け負うのなら、妥当な値段です」
金銭面でごねさせたかった。しかし、ジャンカはあっさりと頷く。
「金額はよかろう。しかし、支払いは後だ。全部終わった後にまとめて払う。今、それを支払えるほどの現金が手元にないのでな。配下に命じ、すぐに国から送らせよう」
「配下ですか。ジャンカさんの配下は他に何人くらいいるんですか?」
そもそも、モモックを含めた四人では前衛が足りずにパーティが組めない。
その穴は配下から埋めるつもりだろうか。
「共にこの都市へやって来て、居場所が確認できるのは襲撃されたときに別行動していた五人だ。他は攫われたあと、行方が掴めていない」
ジャンカは眉間に皺を寄せると、そうつぶやいた。
ガルダのことだから、使えそうなら生かしておくだろうし、邪魔なら躊躇せずに処分するだろう。
「というか、そもそもジャンカさんはなぜ、ガルダさんと揉めているんですか?」
僕は気になっていたことを聞いた。
単にあいつが悪いから殺すべき、ではなにもわからない。僕に仲介できることなら多少の苦労をしてでも和解させ、おとなしく帰ってもらった方がずっといい。
「ふん。あのガルダという男はな、我が国の通行料を払わずに隊商を通過させたのだ。その上、それを咎めた徴税吏や警備隊も皆殺しにされ、これで我が国父の面目が立つものか!」
なるほど。それはガルダが悪いかもしれない。
あまりに想像しやすいガルダの悪行に、僕は思わず納得してしまったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます