第356話 侠気

「私は必ず、あのガルダという無法者を除かねばならんのだ」

 

 場所は屋敷の応接間である。

 奥まった席に座るジャンカと、出入り口に近い席に座る僕。上半身裸のまま壁際に立つロバートであるが、ジャンカと名乗る男の、その決意表明に僕はのけぞった。

 

「ちょっと待ってください、ジャンカさん。ガルダさんと揉めているんならなおのこと、僕は手を出せませんよ!」


 有象無象がひしめくこの都市にあって、敵に回したくない人物を順に並べればガルダは五指に入る。

 強力な手駒を抱え、その上でさらに人材の育成や獲得に励んでいる。

 戦闘能力の総計だけで見るのであれば、ガルダの一味に敵う組織はこの都市に無いだろう。

 もちろん、手駒を秘匿した組織もあるし、連合体を組んで事に当たる組織もある。さすがに上級冒険者なんかを相手どって戦えるのはノラ隊以外にいないので必ずしも無敵とは言い難いが、それでもガルダが都市で有数の発言力を持ってしまったことを誰も否定できまい。

 なによりあの男に対して僕は随分と大きな借りがある。

 金銭面で。

 ステアが代表を務める新興の団体で、立派な教会や宿舎を持つことが出来たのはもちろん、ガルダが金を出しているからだ。

 ちなみに借り主は団体の代表としてステアと、本部付き事務局長として僕の名前が記載されている。

 低利率、無担保で月ごとの返済額も良心的であるが、契約書には『ガルダが依頼する仕事を最大限努力して請け負う事』と有るので、やはりステアはノラ隊の冒険に度々連れ出されている。

 僕はと言えば、ガルダの依頼により『奴隷解放推進協議会』なる胡散臭い組織の代表に据えられてしまった。こちらは副会長がガルダの妻であり、元奴隷のネルハである。

 僕とネルハは奴隷の境遇を知るので最適だろうとガルダは言っていたが、自身が奴隷商の元締なのだから、何らかの裏工作としての看板がほしかったのだろう。

 とにかく、現況でガルダには逆らいがたい。

 しかし、ロバートは上半身の汗を拭いながら気楽に応えた。


「あいつと揉めるのはジャンカだ。そして、用心棒としてそれを守るのが俺。オマエの仕事はジャンカを指導し、強くすることであって、ガルダと揉める必要はないさ」


 とんでもない詭弁である。

 喧嘩相手に武器を配って回るやつも一緒に攻撃するかどうかは大きく、個人の性格に依る。善良な僕は、敵を利する存在であっても直接敵対していなければ手を出せないけども、ガルダなら間違いなくやる。

 

「まあ聞けよ、ジャンカも可哀想な奴なんだ。そもそもの事の興りはな」

 

「すみません。どんな理由があろうと協力できません」


 半端に話を聞いて抜けられなくなると困る。

 僕は明確に話を切った。

 

「アイヤン、そがん冷たくせんでよかやん。話くらい聞いちゃり」


 聞き覚えのある声。 

 声の主を捜すまでも無く、モモックである。

 応接室の入り口で焼いた鳥のもも肉を齧りながらこっちを見ていた。

 

「ちょ……なにしてるのさ」


 星になったはずの空気ネズミがこんなところでなにをしているというのだ。

 

「蹴跳ばされた先でばったり、ロバートと会うたけん。飯も食わしてくれるち言うしさ、仕事を手伝いよるったい」


 そういえばこの二人とは一緒に迷宮を歩いたことがあった。

 と、いうかロバートが僕の家や教授騎士の仕事など、随分詳しいと思えば、間違いなくモモックが情報を流したのだろう。

 悪気無く、黒目をパチクリさせるモモックに、僕は深いため息を吐いた。

 

「なん、知らん仲やないっちゃけさ、手伝ってやりゃよかやん」


 ジャンカも当たり前の様な顔でモモックを受け入れている。

 

「ねえ、ロバートさん。モモックとはどこで?」


「どこって……俺の休憩中にアジトが襲われてな。で、ジャンカとその一党が全員連れ去られちまった。それでジャンカを探していると今朝方、空から降ってきたんだ。それで、泥にはまってもがいていたから、まあ知らん奴でもなし助けてやったんだが、こいつがガルダ商会の倉庫や隠れ家を全部知っているっていうじゃねえか」


 モモックは暇にあかして都市中を見物して回っている。

 それも、どんな僻地にも平気な顔をして入り、我が物顔で出てくる。

 彼の前に秘密の保持とは空しい努力であり、ガルダの隠れ家を知っていても不思議ではない。


「オイはどこぞの青瓢箪と違って恩をアダで返したりせん男ばい。もともと、ロバートには前も助けられとっけ、困っとうとやったら、オイも男を見せないけんめえやねえか」


 肉を食い尽くした鳥の骨を放り捨て、モモックは胸を張る。 

 男を見せるのなら勝手にやってくれと強く思う。

 

「私が捕らえられているところを、ロバートとモモックが助け出してくれたのだ。契約しているロバートはともかく、モモックの侠気には深く感じ入ったぞ」


 なんだか三人とも大いに意気投合しているらしい。

 それならば僕なんか放っておいて三人で頑張ってくれればいいのに。

 しかし、ロバートはしっかりと出口を塞いでおり、グリレシアならざる僕は簡単には逃げられなそうだった。

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