第347話 尋問

 短い足をばたつかせてわめき散らかすモモックには拘束される心当たりがないようだった。

 そもそも、それだって僕の思いつきに等しい推論が根拠なのだから、もし勘違いだったら僕は素直に謝らなければいけない。


「ええと、モモックは新しく来た女の子の部屋を荒らしたりした?」


「人聞きの悪かば。退屈やったけんなんか面白そうなモンでん持たんめえか、見せて貰っただけやん」


 思わず力が抜けて膝から崩れ落ちてしまった。

 

「間違いなかっタナ」


 ギーも呆れているのだろう。大きな息を吐くと傍らの槍に手を伸ばした。


「嘘やん、そんなんで光り物やら持ってこんでよ!」


 ギャアギャアと騒ぎ、暴れるモモックの顔に穂先が突きつけられる。

 

「待って、メリアしゃん助けてー!」


 いつもの助け船に期待したのだろう。モモックはメリアに泣きついた。

 だけど、メリアは唇を尖らせてモモックを睨んでいる。

 

「モモック、初めて会った日に約束しなかったっけ。悪いことはしないって」


 とりつく島もない冷たい口調。

 今回の件でメリアは非常に居心地の悪い思いをしたのだ。怒りは仕方がないだろう。


「無駄ダ。そもそもグリレシアに良識を期待した方が間違いだったノダ」


 ギーはそう言い捨てると部屋の隅から大きな壷を持ってきた。

 ちょうどモモックが入りそうな空の水瓶だ。


「そんならアイヤン、あんた助けんね! 兄貴分の危機やちゃけんぼさっと見とる場合やなかぞ!」


 ピーピーとなかなかうるさい。

 しかし、これくらいのことで命まで奪うのはさすがに気が引ける。何しろ彼には何度か助けられているのだ。


「まあまあ、落ち着いてよギー。アルが怖がっているじゃない」


 実際はキョトンとしてメリアの横に座っているのだけど、ギーに人間の表情は読みとれない。

 

「それにその壷は何にするのさ」


「部屋が汚れると困るかラナ、血受ケダ。死体は庭の隅にでも埋めればイイ」


 既に駆除した後の処理を見据えている彼女は立派だけど、その前に伝えねばならない。


「せめてその前に、ビウムへ事情を説明しないと。モモックの死体を見せてコレが犯人でしたじゃメリアの立場も改善しないよ」


 ビウムだって、いきなりオオネズミの死体を見せられて、それが犯人だと言われても困るだろう。

 それに、百歩譲ってこの獣人の仕業だと納得しても、今度はメリアがけしかけたと勘ぐられるかもしれない。

 なんといっても、二人は同居人なのだ。


「つまりは、生きているモモックをそのままビウムに見せる必要があるからさ、まだ槍は置いておいてよ」


 僕が言うとギーは首を回してメリアを見た。


「ううん、確かに兄さんの言うとおり現物を見せれば話が早いのかもね」


 メリアは渋い表情をして頷く。

 モモックの持つあまりなヘンテコさや、特有で奇妙な行動原理が死体からでは伝わらないと彼女も判断したのだろう。

 ギーも納得したのか槍から手を離した。

 

「納得したとやったらコレほどいてー、見た目よりキツかとって!」


 モモックが喚く。

 瞬間、顔の横に槍が突き立てられた。

 達人戦士としての顔を覗かせたギーは、ゆらりと立ち上がると投げ刺した槍を地面から抜き、穂先をモモックの口につっこんだ。


「おどけルナ。おまえのお陰でメリアはひどく傷ついたノダ。本来であれば殺すに十分な理由ダゾ。別に貴様を殺してギーたちはこの屋敷を出てもいいノダ。理解したらメリアの優しさに感謝して黙ってイロ」


 よほど腹に据えかねていたのだろう。ギーは珍しく苛立っていた。

 その気迫にはモモックも慌てて、涙目で頷くしかない。

 メリアは不機嫌そうな顔でやりとりを見つめていた。

 横に座るアルはどうしていいのかわからず、落ち着かずにキョロキョロしている。

 

「ええと、とにかくビウムたちを呼んでこないとね。もうすぐ朝だろうから、ちょっと休憩しよう。メリアはアルと寝ててよ。ギー、僕と一緒に散歩でもしよう」


 さすがにモモックもかわいそうだ。

 僕は取りなすように明るく言った。少しギーを落ち着かせたい。

 ギーは部屋の隅に槍を置くと、扉を開けて庭へと出て行った。

 

「アル、モモックには手をふれたらダメだよ。なかなか油断できないやつなのは間違いないからさ。じゃ僕はギーを見てくる。メリア、あとはよろしくね」


「兄さんも、ギーをよろしく」


 手を挙げて応じるメリアに頷いて僕もギーを追い扉を抜ける。

 庭に出るとギーは低くなった月を見ていた。

 ひんやりとした夜明け前の匂いが庭に充満している。

 思えばこうやって二人きりになるのも久しぶりだ。


「ギー、ごめんね」


「なにを謝ル」


 なにを、と言われればためらってしまうのだけど、彼女の機嫌の悪さは突き詰めれば僕のせいだという確信があった。

 

「ビウムたちを連れてきたのは僕だし」


「アレはいけ好かないやツダ。メリアを攻撃シタ」


「君たちを置いて出て行っちゃったし」


「全く薄情ダナ。ギーは寂しイゾ」


「ギーには本当に厄介事ばかり押しつけて……」


 と、ギーの尻尾が僕の足に絡みつく。


「気にすルナ、こうして二人で話しているだけで飛んでしまう程度の怒リダ。それよりもオマエはあまりにいろんな物を受け入れすギル。もう少し愛情を注ぐ相手を絞って欲しイト、ギーは思っていルゾ」


 月を見て幾分落ち着いたのか、ギーの口調は穏やかだ。

 鱗が月光を白く反射し、その姿は神々しいまでに美しかった。

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