第348話 理由

 小屋の前にしつらえられたベンチに並んで腰を下ろす。

 一緒に住んでいれば毎日交わすはずだった雑談を、僕たちは栓が抜けたように一気に交わした。

 食事のことやシガーフル隊の休止、冒険者組合での指導依頼。一番多いのはメリアの話で、メリアが給金を貯めてプレゼントしてくれたという銀の腕輪をとても愛おしそうに見せてくれた。

 もはや上級冒険者となり、ご主人の貿易でも顧問料を貰っているというギーにとって、それは安物かもしれないのだけれど、値段の問題じゃ無いのだろう。

 ギーが寒いというので僕のローブを二人で纏い、過ごす時間はとても安心できて心地よかった。


 ※


 やがて日が昇り、お屋敷からは人が動く気配が伝わってくる。

 と、小屋の中からメリアが出てきた。

 既に給仕の服を纏っており、今から仕事に行くのだろう。

 大あくびを隠しもせず、眠たそうな目をこすっていた。

 

「私も仕事だから行くけど、ビウムにここへ来るよう言うから。きちんと話を付けてもらえるかな。兄さん」


 メリアはそう言うと、水道で顔を洗ってからお屋敷へ入っていった。

 彼女はすっかり成長し、そのたたずまいは僕なんかよりよっぽどしっかりしていると感心させられる。

 しばらく待っていると、お屋敷の勝手口から人影が二つ出てきた。

 ビウムとパフィだ。

 二人はこちらを見つけて歩み寄ってくる。

 と、ギョッとして動きを止めたのは隣にギーが密着しているからだろう。


「あ、ごめんねギー。ちょっと離れてて。それから手は出さないでね」


 僕はローブを彼女に渡し、巻き付いていた尻尾から解放して貰った。


「オマエに任せルヨ」


 ギーは僕のローブを着込んでベンチから立ち上がった。

 十分に理性的な受け答え。モモックに槍を突きつけた時の激情は感じられない。

 くだらない会話を重ねることで多少はストレスも紛れたのだろうか。

  

「うん。さあ、まずはおはようビウム、それにパフィ」


 ビウムはすぐに冷静さを取り戻し、よそ行きの表情で小首を傾げた。


「アナンシさん、用ってなんです? 手短にお願いしたいのですけど」


 口調は穏やか、というよりも猫を被っている。

 ご主人に取り入る演技が板に付いたのだろうか。

 対照的にパフィの視線は強い感情を秘めて僕に打ち付けられていた。

 妹を僕に殺されているわけだから、隠しきれない敵意も仕方がないのだけど可愛い妹の為にも一方的に打ちのめされてはいられない。

 

「さっき君たちを呼びに行った女の子。僕の妹だって知ってる?」


「ええ、存じ上げてますよ。同じ敷地に住むものとして、一通り全員の身元を調べていますから」


 身の安全を求める彼女の行動は今も変わっていないらしい。

 

「じゃあ、このリザードマンが達人級の戦士で、なおかつメリアを溺愛していることは?」


「もちろん聞いています。会長の南方貿易に絡んでおられると」


「じゃあそれを知ってメリアに嫌がらせをしたの?」


 僕は少し驚いてしまった。

 もしギーがその気になれば彼女を止められる人なんてこのお屋敷に一人もいない。それを理解しているのだとすれば危険を嫌うビウムらしからぬ行動ではないか。

 ビウムはムッとして、ため息を吐いた。


「身を守るには最低限の報復は必要ですからね。世には抵抗しなければ無制限に他人をむさぼる人がいるものです」


 正当性はともかくとして、メリアの靴を水浸しにしたのは間違いないらしい。

 ここをはずしていれば犯人探しからやりなおさなければならなかったのでとりあえずよかった。


「ああ、君のご家族……」


 言い掛けてビウムの表情に言葉を詰まらせた。

 彼女を無制限にむさぼっていた兄のノッキリスや、商会の都合を優先してビウムを省みなかった父など、複雑な思いが有るのだろう。

 軽々しく振れて欲しくないのは間違いない。

 

「とにかく、部屋を荒らされたんですから。これを見逃せば次は私たちの身の危険につながるかもしれませんし、放置は出来ません」


 まあ、確かに世の中ではそういうことも多かろう。

 折衝では最初に拒否をしないとずるずる押し込まれることもある。

 また、弱気を示すとそれを見た他の者にまで食いつかれたりする事もある。

 なるほど、それで靴を濡らした訳だ。

 怪我をしたりすれば話が大きくなり、ご主人や使用人頭が絡んでくる。

 場合によってはギーも出てくるかもしれない。

 だから乾かせばそれで終わり、話を大きくしない程度の被害を与えたのだ。

 それでメリアが手を出してこなくなればよしと。


「うん、いわんとする事はわかったよ。じゃあ、結論から話すけど君たちの部屋を荒らしたのはメリアじゃないんだ。だから君たちは無駄にメリアの恨みを買ったことになるね」


「そんな、妹だからってかばうのはよしてください。現に証拠が……!」


「いや、犯人が自供しててね。君の調べた名簿には載ってるかな。モモックっていう男なんだけど、この小屋の住民なんだ」


 抗議するビウムを手で制して、僕は聞いた。

 モモックの存在は一応秘密であり、彼も人目を避けているので、お屋敷内でも知っているのはご主人はじめ少数しかいない。

 と、ギーが小屋の中に入りモモックを引っ張り出してきた。

 よほど肝が太いのか、モモックは鎖に縛られたまま豪快にいびきをかいている。

 

「ホラ、これがオマエたちの寝床に侵入したネズミダ。理解したら二度とメリアに手を出すナヨ。次は殺すかラナ」


 ギーはそれだけ言うとアクビをしながら小屋の中に入っていった。

 残されたビウムとパフィは聞いたこともない珍妙なオオネズミの簀巻きに目を丸くしていた。

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