第340話 アル

 冒険者たちが待ち合わせに使うのは主に二か所。

 都市の入り口付近と迷宮の前である。

 一般的には便利な都市側が選択されるのだけど、その道中も一緒にいたくないほど気の合わない連中は帯同距離を少しでも短くするためにこちらで待ち合わせるのだ。

 迷宮の前や組合詰所の周辺に僕たちの待ち合わせ相手はいない。

 サンサネラとハリネが詰所の倉庫で装備を整えると、僕たちはそのまま迷宮に立ち入るのだった。


 ※


 大きくお世辞を付け足しても、ハリネの戦士適性は低い。

 モタモタと動き、一応は構えた戦斧もうまく扱えず、ゴブリンとつかみ合いの泥仕合を展開していく。

 隣でヒラヒラと飛び回るサンサネラとは大違いである。

 結局、遭遇した四匹のゴブリンたちとの戦闘は僕が魔法で一匹、残りをサンサネラが平らげて終了した。

 異形のハリネは、どういう心境か推し量ることも難しく、ただ立ち上がり取り落とした斧を拾う彼に、掛ける言葉も見つからない。

 いや、いい。初心者なのだから今の一戦で死んでもおかしくなかった。

 にもかかわらず、まだ生きている。

 それで満足するべく、深呼吸を一つ。

 ……弱くないか?

 抑えきれなかった不満が思考の隅ににじみ出る。

 アーミウスでムーランダーと対峙したとき、僕はひどく恐ろしかった。

 国境線上で彼らと決着を着けたときなんか、辛勝は収めつつもサンサネラが死にかけた。

 そうであるなら、もう少し活躍してくれないだろうか。

 確かに、あのときとは条件が違う。

 あの場所は彼らの基地の中だったし、多くの傀儡も従えていた。

 それに比べれば、ここは条件も悪かろう。そういった意味で新人冒険者の活躍でも満足すべきかもしれない。

 それにしたって、もう十回目の迷宮行なのである。

 まったく成長しない。

 あのボンクラ揃いだった北方戦士たちだって回数を重ねればもう少し成長が見えたのに。

 サンサネラは既に慣れきっていて、ハリネには一瞥もくれずに小銭を拾っている。

 目下、このパーティは役立たずのハリネを僕とサンサネラがフォローすることで成立していた。

 

「ま、アルより役立たずってのは問題だろうね。かといって外せず、他のメンバーも入れられない。まったく、たいした存在だよねえ」


 サンサネラの辛辣さに、ハリネがくってかからないのはせめてもの救いだった。

 

「ねえ、ハリネ。睡眠はちゃんととってる?」


 僕はおそるおそる聞いてみた。

 迷宮では魔物の魂とそれに降り積もった魔力が、死亡した時に放出され、近くにいる者に取り憑くのだという。

 まとわりつく魔力に浸潤されることで順応が進み、力を得て人ならざる存在に近づいていく。そのきっかけが、魂が無防備になる睡眠なのである。

 どれだけ魔物を殺そうが、寝ない限り順応が進まない。

 そうして、順応が進んだことを僕は毎度、知覚していた。気づかないうちにジワジワと、ではなくある日突然、実力が上がることを実感として受け止めるのだ。

 聞けば他の連中も、亜人のサンサネラにだってその感覚はわかるのだという。

 しかしハリネは僕の問いに「ああ」と答えるばかりで話がつかめない。

 ハリネに細かい感覚を問えば押し黙るので、理解できているのか怪しく、そもそも十全に意思疎通できているかの段階から不安がつきまとう。

 目の前にいるムーランダーという存在は果たして人だろうか。

 いくら魔物を殺そうが、仕組みが根本から違えば意味がない。

 キイ、と声がしてコルネリが背中をよじ登る。

 元気を出せ、と伝えたいのだろう。彼の手が僕の肩を撫でるのには大いに慰められた。


 ※


 その後も幾たびの戦闘をサンサネラの華麗な活躍と、ハリネの悪戦苦闘で彩りながらすすみ、ようやく目的地が見えてきた。

 地下一階の片隅に一見してそれとわからないように魔法陣が描いてある。

 設置したのは僕で、中に描かれた術式を考えたのは一号だ。

 彼女が用いる空間跳躍術の『影渡り』は、全く特殊な技法であるのだけど、亜空間魔法を覚えた僕にはおぼろげながら輪郭が理解できるようになってきたのだ。

 それでも、空間跳躍に超高度な感覚が必要なのに変わりなく、壁の中に飛び込んでしまいかねない僕には気軽に使えない。結果、一号に会いに行くときはいつだって他の仲間を引き連れて行かなければならないので気安くは訪問できない。

 そこで、一号が考案したのがこの魔法陣である。

 二点間を呪術的手法で固定してつなぎ、その中で空間跳躍を行えば対の点に迷わず到着する。

 ただし、一号としても誰でも来て貰っては困るので、きちんと専用の鍵を渡されていた。

 僕は懐から青いリボンを取り出す。

 一見、普通の青い布には一号によって魔力術式が布と同じ糸で物理的に縫いつけてあり、これに魔力を通すことによって初めて魔法陣は励起するのだ。

 三人と一匹で魔法陣に乗り、わずかに魔力を込めるとフワリと足下がゆがみ、目の前には一号の居室が広がっていた。


「あ、父さんいらっしゃい」


 黒い髪の少年、アルは僕を見るなり嬉しそうに笑った。

 僕と一号の分身にして息子。存在そのものが魔術の秘奥であるアルは生まれて一ヶ月ほどであるにも関わらず、八歳ほどの少年に見えた。

 その横で椅子に座り、ほほえむ一号は今までみたどの瞬間よりも美しかった。

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