第339話 カオナシ

 メリアとギーが席を立ったあと、僕も支払いを済ませて店を出る。

 出がけに店主が何事か言いかけていたのだけれど、予定があるといって話を打ち切った。

 予定とはまあ、当然生活費を得るための仕事であって、日も傾きかけた街路をとぼとぼと歩き、都市の入り口に向かう。

 城門付近には広場が整備され、待ち合わせをする冒険者に利用されていた。

 もちろん。冒険者以外の者だって利用するのは自由なのだけど、都市としてみれば端っこで、まして黄昏時を過ぎた薄暗闇の中に荒くれた冒険者たちが屯しているのだから、利口な市民はほとんど広場へ入ってこない。

僕も広場へ入ると、彼らの視線がこちらへ突き刺さった。

 この瞬間はいつも慣れずにうつむいてしまう。

 しかし、僕だって待つ側なら無遠慮に視線を向けるし、しようがないのかもしれない。

 大半の者は僕が待ち人ではないと知れば視線を逸らすのだけど、そのまま数人が僕をじっと見ている。

 

「やあ、アナンシさん」


 ベンチの一つを占用し、くつろいでいたサンサネラが手を振ってきた。

 大きな、それでいてしなやかな体を持つ黒猫の亜人で僕のパーティメンバーである。

 本来なら即座に修了認定をもらえるはずの冒険者育成機関を通常の期間をかけて最近卒業したので、今では正式な冒険者となっていた。

 と、夕焼け空からコルネリが降下してきて僕の背中に止まる。

 

「ハリネは?」


「あいつはまださ。塩でも探してるんだろうぜ」


 僕の問いにサンサネラは鼻を鳴らし、答えた。

 投げやりな発言は若干の不満を含んでいる。

 彼はベンチの片側により、隣に僕のスペースを開けてくれた。

 礼を言ってベンチに座ると、周囲を見回す。

 まだこちらを見ている冒険者が数名いて、目が合った。


「なんだろうね、あの連中。さっきからジロジロ見てくるんだ。アッシの知り合いじゃないんだが、あんた知り合いかい?」


 なるほど、不機嫌の種は無遠慮の視線にたいする怒りもあったのか。

 僕は苦笑しながら彼に説明した。


「今、ここにいる冒険者はほとんど新人や準新人だからね。なんというか、新人はベテランを見かけるとじろじろ見つめるものなんだよ。こういっちゃなんだけど、僕もそれなりに有名っていうか」


 コルネリと君が目立つからだけどね。

 その言葉は言わずに飲み込んだ。

 西方への旅から戻って何人かに尋ねてみたのだけれど、この都市で僕の『魔物使い』というあだ名を知るものはいなかった。

 ということは戦線の王国軍で面白おかしく上級冒険者を語るときの代名詞としてつけられたのだろう。

 確かにリザードマンのギーや、猫のサンサネラなどを連れ歩くし、おおっぴらにはしていないけどモモックといるところを見られたこともある。極めつけはオオコウモリのコルネリだろうか。

 

「サンサネラもすぐに慣れるよ」


 というよりも身なりや言動の派手さから、サンサネラのほうが僕より有名になるのにそう時間はかからない。

 そういえば新人冒険者のころ、シグはこの場でよく先輩冒険者たちを見ていた。

 冒険譚好きな彼はいろんな先輩方の逸話を聞かせてくれたのを思い出す。

 豪放磊落な僧侶や抜け目のない剣士。いずれにせよ派手な者ほど話題に上り、記憶にも残る。

 今思えば、そのときに語られた冒険者の大半はすでに見かけないので死んだか引退したかしたのだろう。もしかしたら、順応をすすめ、成れ果てに身を落としてしまったのかもしれない。

 などと話しているとサンサネラが手を挙げた。

 それは待ち人へ送った合図だったのだけど、遅れてきたハリネはそんなことをせずとも僕たちを見つけただろう。

 緑目のムーランダー、ハリネは体に革製の胸当てを装着し、脛と前腕部にも革製の防具を当てている。

 仕上げに革兜をかぶった姿は長毛の異形にさえ目を瞑れば駆け出しの戦士そのものだな、と僕は思った。

 事実として彼は駆け出しの戦士だったのでその装備で何の不思議もない。

 ただ、普通は迷宮側の詰め所に預ける防具を家に戻るまでかたくなに外そうとせず、逆に大半の冒険者が持ち歩く武器を詰め所に預けてあるのだから、人種を差し引いてもこの場で奇妙に見えるのだ。

 三人のムーランダーたちはブラント邸に厄介になっており、ハリネもそこから歩いてここへ来ていた。

 彼らは迷宮で一号との会談に臨み、あからさまに迷惑そうな一号に対して長い時間をかけて聞き取りを行った後、迷宮そのものの謎に大きな関心を寄せたらしい。

 結局、あと二人のムーランダーをブラントは手元に置いて直接育成し、ハリネについては半ば押し付けられる形で僕が面倒を見ることになったのだった。

 と、いうわけで僕の方針として彼には教育機関で様々な基本を学ぶとともに、お披露目も行ったのだ。

 しかし、まさかハリネ一人を教育機関に預けるわけにもいかず、監視役としてサンサネラにも頭から終わりまで授業に出てもらったのだった。

 あおりを受け、実力に比して退屈な授業を延々と受け続けることになったサンサネラは時々しかめっ面をして髭をムニャムニャとやっていたのだけど、それでも文句を言わなかったので非常に助かった。


「じゃ、行こうか」


 僕はそう言って立ち上がる。迷宮の方でも人を待たせているのだ。

 周囲にいる全員がいつの間にか僕を見ていた。

 巨大な黒い猫人サンサネラと異形のハリネ。そうして蝙蝠を従えた僕。

 その風景を記憶した多くの冒険者たちが思い出すとき、きっと僕の平凡な顔は忘れられてしまうだろう。周囲の記号があまりに強烈すぎて。

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