第333話 始末

 ムーランダーたちが何か操作をすると地面の下から低い音が響いた。


「地下に繋がる通路を自壊させた。これで同胞たちの眠りが邪魔されることはない。彼らは時が過ぎるまで静かに眠り続けるだろう」


 入り口が埋まってしまえば、地底まで穴を掘るのは困難だからだれもたどり着けまい。

 というより、もしもマブシがどこかへ帰る算段を着けることが出来ればムーランダー三人で掘り起こすのだろうか。実際の作業は傀儡が行うんだろうけど。


「アナンシさん、あれ」


 マーロは僕にだけ聞こえる様な声でそっと指を差した。

 その先にはうち捨てられた木箱が置いてある。ヒョークマンの部下がアーミウスの基地を打ち壊した時に放り投げられたものだろう。

 その陰には息を殺してパラゴが潜んでいた。

 僕とマーロ以外の視線からは完全に身を隠し、鋭い眼で僕たちを観察している。

 おそらく、僕たちが操られていない事を確認したいのだ。

 問題無いよ。

 声を出さずに呟くと、パラゴは小さく頷きヌッと陰から出てきた。

 それでもマーロやサンサネラの間合いには入らず、ムーランダーからも離れた位置で足を止める。

 サンサネラやムーランダーたちの視線がパラゴに向けられる中、マーロは抗議の声をあげた。


「ちょっと、パラゴさん。出てくるのが遅いですよ!」


 仲間を心配して必死で駆けてきたマーロは、戻ったときでさえパラゴが僕の側にいなかったのが不満だったらしい。


「戦闘は俺の領分じゃない。完全に終わるまでは出てきたってやることがないだろう」


 パラゴは呟くように応え、ため息は吐いた。

 確かに戦闘で彼の出る幕はないかもしれない。それでも、弓隊を引き連れての援護はとても助かった。あれが無ければ巨大なムーランダーにもっと苦戦を強いられた筈だ。


「よく武器や兵隊を確保できたね」


 弩を携えた子供達はどこへ隠したものか、周囲を見回しても確認出来なかった。

 それにしても、弩なんてそこら辺で売っているものではないし、売っていたとしても素性の知れないよそ者には売らないだろう。


「武器は国境の村にあった商会の倉庫からがめて来たさ」


 しれっと言うのだけど、見張りもいたはずだし一体どういう手管を使ったものだろうか。


「あの射手たちは?」


 弩を構え、引き金を引いていたのは子供たちだった。

 身なりの汚い彼らに僕は見覚えがある。


「アーミウスの都にいた浮浪児どもさ。ああいうのが一番手なずけやすい」


 やはりそうだ。

 僕がただ、存在を認識するだけだった子供たちを積極的に利用し、戦力にまで仕立てるパラゴの手管は見事だった。

 

「普段は鼻つまみ者だから周囲の社会に恨みを持っているしな。いざ俺を裏切ろうにも信頼がないから密告もされづらい。それにいざとなりゃ、取っ組み合いでも有利だ」


 言うと、パラゴは懐から笛を取り出し強く吹いた。

 甲高い音が周囲に響きわたり、残響を残して消える。

 と、丘の向こう側からゾロゾロ姿を見せたのはまさにその子供たちだった。

 四十人から五十人程度だろうか。年長の半数程度が弩を担いでおり、年少の子供たちは矢を背負っている。

 

「あいつらには給金を払う約束している」


 パラゴは薄く笑い、僕に尋ねた。


「面倒なら置いて逃げる手もあるが、どうするね?」


 最も後腐れ無いのは彼らをこの場で皆殺しにする事だ。

 パラゴの提案はそれに次ぐものだった。

 非難がましいマーロの表情を確認するまでもない。


「君が約束したことなら、僕が果たさなきゃいけないんだろうね」


 この旅の間、パラゴは僕の為に動き回っていた。そうして、それに何度も助けられてもいる。

 利益を享受して責任を果たさないのはあまりに見苦しかろう。

 

「幸福になれることや豊かになれる事を約束したわけじゃないんだから、安い払いだ」


 確かに、彼らが戦争から逃れたとしても豊かになれるわけではない。

 多少の現金を渡し、別れればいいのなら簡単なものだ。

 

「今、アイツらは武器を持っている。もともと盗みやかっぱらいで糊口を凌いできたガキも混ざっているんだ。金を渡す前に矢を射られても不思議じゃない。警戒は解くな」

 

 なるほど。財布からいくらかの小遣いを貰うよりは財布ごと奪う方が遙かに効率的だ。

 あっちもこっちも、最適な行動が血なまぐさくていけない。

 僕の脳裏に、皆殺しにした山賊たちの顔が浮かぶ。

 武器を持った浮浪児が行き着く先など、つまりはあのような無法者の群れだろうか。


「いいけど、じゃあ基地に戻ろうか。僕、荷物を置いて来ているからさ」


 王国軍の前線基地を出発する時、馬に乗るのに邪魔なリュックはビウムに預けてきていた。

 

「馬は一頭しかいませんよ」


 マーロが乗ってきた馬に視線が集まる。

 乗る馬がないというのは幸福なことだ。


「いいよ。僕はあの子たちと歩いて帰る。サンサネラ、馬に乗れる?」


 地面に転がったまま首を振ったので、乗れないのだろう。

 ムーランダーの三人も馬に乗りたい様子ではない。

 結局、馬にはマーロがまたがり、その後をゾロゾロついて行くしかない。

 こうして僕たちは基地までの道のりをトボトボと歩くことになったのだった。

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