第334話 評価

 王国軍の基地に着くと慌ただしく兵士たちが走り回っていた。

 司令官も汚辱を早々にすすぎたいのだろう。基地に入ろうとする僕たちを押し出すように軽装の歩兵がゾロゾロと基地から出てきた。

 彼らはヒョークマンの様な迷宮上がりの精鋭ではなく徴集されたり食い詰めて志願したりした一般兵だ。

 彼らの視線は小汚い子供たちに向けられ、そのまま最後尾のムーランダーに注がれるに至り、一様に驚いた表情を浮かべる。


「あ、大丈夫ですよ。彼らは敵じゃないんで。それよりほら、先に進まないと」


 僕は適当な説明を並べ、足を止めた歩兵団に進軍を促したあと、基地の入り口から離れた。

 距離を取って地面に腰を下ろすのだけど、やはり基地を出入りする兵士たちの視線がムーランダーに突き刺さり落ち着かない。

 

「面倒臭いな。ねえ君たち、彼らを囲んで隠していてよ」


 浮浪児たちに頼むと彼らのうち比較的素直そうな連中が数人、ムーランダーの前に立ってくれた。

 よく見れば異形はそこに居続けているのだけど、忙しく通り過ぎる兵士たちの視界からはだいぶん、除かれただろう。

 

「中に入るのは面倒だからビウムとパフィを呼んできてくれない?」


 マーロに頼むと、彼女は嫌そうな表情を浮かべたものの、渋々と基地の中へ入っていった。


「さて、君たちはどうする?」


 僕の問いに少年たちは顔を見合わせた。

 各々、かき抱くように弩や矢を握りしめ、決して手放さない。

 すると彼らの前で注目を引くようにパラゴが立ち上がる。


「ああ、アナンシさんはつまりこう言っておられる。おまえたちのおかげで俺らは随分と助かった。ついては、謝礼金の他にも出来るだけの事をやってあげようと」


 パラゴは咳払いをすると僕の方をチラリと見た。

 概ね、その通りなのだから特に止める必要も無い。


「考え無く武器なんか握って、オマエたちの何割かはこのまま無法者にでも身をやつすだろう。それもいい。自由だ。しかし、大半はすぐに死ぬ。なんせここは街の外だし、これから始まるのは戦争という大混乱だ。まず、王国軍の兵士から追われ、おそらく破れるだろう男爵国兵から追われ、やがて他の無法者から追われる。都市で行われた浮浪児狩りの様な生やさしさは無いぞ」


 蕩々と語られる言葉に、先ほどまで興奮気味に上気していた少年達の表情が曇っていく。

 

「かくいう俺たちも、男爵国に入るとき、襲ってきた山賊を山盛りに殺してやった。オマエたちのようなひ弱なガキじゃない。もっと年季の入った厳つい悪党どもだ。つまりは、無法者とは、かくも死にやすいって話さ」


 パラゴは僕に前へ出るよう顎をしゃくった。

 そんなに演説のように話された場に出て行くのは恥ずかしいのだけど、一同の視線がこちらに向いて仕方が無いので立ち上がってパラゴと代わった。


「ええとね、君たちがどうしてもアーミウスに戻りたいのなら止めないんだけど、行く当てのない子は僕が連れて帰ろうかな。多少は息苦しい生活になるかも知れないけど、寝床とご飯くらいは出すからさ」


 どうせ『恵みの果実教会』から預かった子もいる。

 なにより僕が暮らす迷宮都市には子供にだって仕事があるのだ。

 目端の利く子なら早々に自活できる様になるだろう。

 僕の提案に、数名の子供が表情を明るくした。

 しかし、同時に細まった眼を更に細める少年もいた。


「俺は帰る。何人か、どうしても殺してやりたいヤツがいるんだ。さあ、早く金をくれよ」


 ボサボサの髪の毛に隠れて、眼窩が一つ落ちくぼんでいる少年の口には前歯もなかった。

 暴行を受けて適切な治療を受けられなかったのだろう。

 吐く息にまで怨念を込めるように立つ少年にとって、今後をいかに生きるかより、その屈辱を与えた者の脳天にいかにして矢を打ち込むかが重要なのかもしれない。

 

「俺たちも行かない。アンタらを信用してないからな」


 別の少年も座ったまま口を開いた。

 年かさで、数人を率いるグループのリーダーなのだろうか。彼の周囲には五名ほどが常に張り付いている。

 見回せば、少年達はむしろ数人で固まっている方が多数で、一人で立つ隻眼の少年の方が少数派だった。

 あるいは彼にも仲間がいて、眼や歯とともに奪われたのかも知れない。

 

「わかったよ。君たちの判断を尊重する。くれぐれも気を付けて行動して欲しい」


 講師が教え子へ含めるように、僕はゆっくりと言った。

 この場で別れれば、二度と会うことはないだろう。

 そう思うと、途端に死なせてしまった教え子たちに申し訳なさがわき起こった。



 ビウムが持って来たリュックからお金を取り出すと、子供たち全員に分配した。

 隻眼の少年や、いくつかのグループは礼金を受け取ると早々に立ち去っていき、最終的に残されたのは十二名程。その大半は十歳に満たない様な幼子で、今しがた貰った金で何を買うか相談し合っている。

 と、ビウムが僕の服を後ろから掴んだ。


「あなたが優しい人で本当によかった」


 小声で、しかしはっきりと発せられた声には複雑な感情が乗せられていて、ある面では僕のマヌケさも含まれているだろう。

 それでも、その手を振り払うことはとても出来なかった。

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